Posted on 2015年8月19日 by uematsu

OKですか？OKです！

「はじめてのお使い」のことを書いたら、意外な友人からも「昔の市場への買い物は面白かったよなあ」なんてメールをもらったりした。やっぱり、ああいう大人の世界への入り口に立つ子どもの気持ちのようなものには、共通点というか共感する部分が多いのだろうなあと思う。

そんなことを考えていたら、ふと思い出した。それは、もう少し年を経て、もう少し具体的に大人への入り口に立っていた頃の話。

あそこがああなったり、なにがそうなったり、ということで、いろいろと具体的に「ああ、もう大人じゃねえかオレは」と独りごちる夜を幾晩も経て、やがて彼女が出来て、何をこうしてああなったりするような日々があり、僕も人並みにオカモトのゴム製品を購入したのだった。

一時期、あれの自動販売機がそれなりに町にあったのだけれど、僕がデビューした頃はまだ一般的ではなく、仕方なく近所の薬局で買うしかなかったのである。コンビニだってないし。

今のようなドラッグストアでもなく、本当に近所の薬局。薬剤師のおじさんかおばさんがいて、風邪薬とか胃腸薬とかを自分のところで調剤しているような薬局ばかりだった。そこに、あれが置いてある。仕方なく僕は一番近所の薬局を避け、普段行かない薬局へ行って、無言であれをつかむと、店番をしていたおじさんの前にそっと置いたのだった。必要もないバンドエイドを上に重ねつつ。

すると、おじさん、にやりと笑って、紙袋にそいつを入れて、端数を切り捨てた割引価格で売ってくれたのでありました。ありがとう、おじさん。また来るよ。と声には出さずに僕は意気揚々とその薬局を後にしたのでありました。

さてさて、大人の入り口から少し大人の世界に入った頃、僕らはなんだかサルに戻ったように元気なのでありました。あんなにあったはずのあれが、あっと言う間になくなる。まあ、使うからなくなるんだけども、なくなるとまた買わないといけない。また、恥ずかしい思いをしなきゃいけない。

そう思いながら、中身のなくなった空箱をぼんやり見ていると、OKと指でかたどったマークが印刷してあることに気付いたのだった。小さな文字で説明が書いてある。記憶をたどると「ゴム製品を買うのは恥ずかしかろう。なので、薬局で無言で指で、親指と人差し指を輪っかにして、OKマークを作れば、黙っていてもゴム製品をお売りしましょう」ということが書いてあったのだった。

さすが天下のオカモト。わかってらっしゃる。これこそが、世の中の大人の入り口にたった若人が求めていたものだ。これなら、若い女性だって自分で買いに行くことが出来る。

というわけで、僕はさっそくまた薬局に買いに行ったのである。しかし、なんとなく同じ薬局に行って、「お前、もう全部使っちまったのか！サルかお前は！」と思われるのがイヤで、これまた別の薬局を選んで突撃。入り口に入ると、別のお客さんがいる。先客が買い物を終えて、帰るのを待つ。そして、一人になった途端に、僕はカウンターにいたおじさんに、右手の親指と人差し指をクルリと輪っかにしてOKマークを作って見せたのだった。

おじさんは、ニコリと笑って、僕のOKマークを見ている。おお、通じた！と思っていたのだが、おじさん、じっと動かない。なぜだ、OKマークだぞ、と僕がOKマークをおじさんの前に突き出す。おじさんは動かない。仕方がない。僕はおじさんの真ん前まで行って、OKマークをおじさんの鼻先にまで突き出してみた。すると、おじさん、さらにニッコリ笑って、自分もOKマークをつくって見せたのであった。

惨敗であった。オカモトのせっかくの心遣いは、兵庫県伊丹市の片田舎の薬局には浸透していなかったのである。

がっくりと肩を落とした僕は、おじさんに「あれください」と商品名を口にして、あれを所望した。おじさん、あれならあれとさっさと言えばいいのに、という顔をしながら、あれを取り出し、紙袋にあれを入れながら、唐突にOKマークに気付いたのである。

そして、僕の顔を見て、箱に書いてあるOKマークをみて、おもむろに僕に向かってOKマークを作って見せたのである。

遅いわっ！　そんで、OKマークおっさんに見せられても、何も出せるか！

僕はそんなことを声に出す元気もなく、とぼとぼと来た道を帰ったのでありました。

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植松眞人（うえまつまさと） １９６２年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。

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