突然のお別れ
前回、二匹の猫に囲まれて幸せだ~と吹聴したのがよくなかったのでしょうか。
まさに、前回の投稿の日の夜から突然の不幸に見舞われたのでした。
☆
夕方、猫たちがキッチンでなにかごそごそしているので見に行ってみると、茶々が鶏肉を覆っていたラップをくわえて引き出しているところだった。慌てて口からもぎ取り、ふたのついたゴミ箱にラップを捨てた。ゴミあさりをするのはいつもしまじろうの方で、茶々がそんなことをするのは珍しいなあとは思ったのだった。
その夜、茶々が激しく吐く音に目が覚めた。猫が吐くこと自体はめずらしいことではないが、茶々はいままで吐き戻したことが一度もなかった。その前日にも、夕ご飯にたべたささみを全く未消化の状態で全部吐いてしまっていたので、めずらしいこともあるなとは思っていたのだ。
しかし、この夜は吐き方が尋常ではなかった。吐いたものをよく見ると、フードの中にラップが見え隠れしている。口に入れる前に取り出したと思っていたが、もう飲み込んでいた後だったのだ。
苦しそうに何度も吐く茶々の背中をさすりながら、「茶々、がんばれ、ぜんぶ吐いて。吐き出せば大丈夫だから」と声をかけ続けた。
翌朝、何事もなかったように、ごはんを食べに来たのでほっとするのもつかのま、食べたものをすぐに全部吐いてしまった。その後は、押し入れの下段に閉じこもってじっとしている。ときどき、吐き気がおそってくるのか、慌てて出てきては胃液を吐く。そんなことを繰り返していた。
茶々はまだ若猫だし、異物を吐き出す力もちゃんとあるはずだから様子を見ようと心に決めたのに、
不安に襲われ始める。全部吐き出せずに、どこかにラップが丸まって詰まっているのでは??
そうであれば開腹手術するしかない。やっぱり念のため一度病院に行こうか。
家の近くのなじみの獣医さんへ行くも、「ラップや紙のたぐいはレントゲンを撮っても写らないことが多いので、吐き気止めを出すので、これで様子を見てください。」と言われる。「先生、ラップが腸に詰まっている場合はどうなりますか?」と尋ねると、「うちでは処置ができないので別の病院に行ってください。内視鏡手術か、回復手術でおなかを開いて取り除くことになります。」怖い、怖すぎる。思わず茶々をぎゅっと抱きしめる。
その晩も茶々はごはんを食べずに、無理矢理病院に連れて行ったせいか、ふてくされて夜も一緒に寝てくれなかった。
ふてくされ中
一晩様子をみても変わらなかったので、やはり不安になる。茶々を譲渡してもらった里親会のKさんに連絡して事情を話すと、「それは絶対詰まらせてる。早いほうがいいです」と言われ、ますます不安が高まる。Kさんがいつもお願いしている隣町の獣医さんを紹介してもらい、診てもらえるよう連絡をいれた。
逃げ回る茶々をようやくキャリーに入れて、夫にクルマを出してもらった隣町まで向かう。
感じのよい先生だった。茶々を触診して首をひねる。「この子、腎臓の位置が変わっているなあ。普通は、猫の腎臓は片側しか触ることができないんだけど、この子のここにあるのは大きさから言ってもうひとつの腎臓だよなあ。こんな大きな異物が詰まるわけもないし。。。うん、もう少し様子をみてもいいと思いますよ、レントゲン撮ってもうつらないので、私も余計なことはしたくない方なのでね」
この日は、点滴を打ってもらい薬をもらい投薬して様子をみて、それでも改善しなければまた来てくださいということになった。「たぶん、80%くらいの確率でこれでよくなると思います」と告げられ帰りは明るい気持ちになった。
ところが、ごはんを食べない茶々の口を無理矢理空けて口の中に薬を放り込む作業を計3回しても事態は一向に改善しない。翌日の朝、たまりかねて病院に電話をかける。電話口で事情を伝えると、先生は「そうですか、治らないか、、、じゃあ今日来てください」と言った。
いったん治ると思っただけに途方もなく不安に駆られる。病院に向かう車内ではキャリーの中の茶々をずっとなで続け、きっと良くなる、茶々は強い子、入院するかもしれないけど、すぐに迎えにいくから安心して、と声をかけ続けた。茶々はおとなしくしていた。
病院に着くと、レントゲンを撮ってみますから外でお待ちくださいと言われる。待合室に腰掛けていると、猫の鳴き声が聞こえてきた。「にゃあ~にゃあああ」ああ、茶々だ。痛いのかな、怖いのかな、
茶々が鳴いているよ。もういてもたってもいられない気分だった。
やっと呼ばれて診察室に入ると、先生がレントゲン写真を指さしてこう告げたのだ。
「これは、先天性の横隔膜ヘルニアで、元々横隔膜が欠損していたか、なんらかの理由で破れてしまってなくなっています。それで本来、肋骨の下にあるべき腸が肺の方まで上がってきてしまっています。最初に来たときに、ちょっとこの子呼吸が荒いなあと思ったんですよね。ほら、こっちが正常な子の写真です。」
それは一目瞭然だった。あきらかに異常な状態だ。しかもそれが生まれつきだったなんて。
そんなハンディを背負って生きてきた茶々がかわいそうで涙ぐむ。「なおるんですか?」と尋ねると、
「治りますよ。大学病院で内臓を全部取り出して入れ替える手術をすれば治ります。」
それを聞いて瞬間的にそれはない、と思った。それは茶々も望んでいない。私が茶々だったらそんな大手術して欲しくない。
絶句している立ち尽くす私に、「ミキティさんたちも、この子を飼い始めてまだ半年ですよね。そしたら里親会のKさんに戻したらどうですか。改めて健康な子をもらった方がいいでしょう。Kさんは病気の子も分け隔てなく育てる人ですから。私も長いつきあいですからその辺りはよく知っています。いまからKさんに電話しておきましょう」と、思いがけない言葉をかけられた。ほどなくKさん本人から私の携帯に電話がかかってきて、「今回は本当に申し訳なかったです、その子はこのまま病院に預けていってください。今日は無理だけど、明日わたしが引き取りに行きますから。ご迷惑おかけしてしまってすみませんでした。」と言うではないか。あれよあれよと言う間に話が決まっていった。
ぼーっとした頭で空っぽのキャリーを抱えて車に戻る途中、ハタと我に返る。茶々は病院で安楽死になるんじゃないか?そうだよ、それしかないよ。どうしよう、やっぱり茶々を連れて帰ろうか。うちで最後まで看取ろうか。でもどうしても脚が動かなかった。死に向かう生き物を看取るつらさは知っている。車内でこらえきれずに泣いた。こんな突然の別れになるなんて予想もしていなかった。頭が痛くなるほど泣いてから布団に潜り込んでそのまま夜まで寝た。隣にはしまじろうが寄り添ってくれていた。
☆
茶々のことをずっと考えていた。とりわけ臆病なくせに、うちに来たその日、怖がって茶々のおなかに潜り込むしまじろうをかばうように毅然とした態度でこっちを見ていたこと。小さなしまじろうの面倒をよく見てくれて、いつも頭を丹念い毛繕いし乳母役をしてくれたこと。近頃は窓辺の猫タワーから遠くを見つめ物思いにふけっていたこと。
そして気づいた。茶々はKさんの家で飼われていたときから、自分の寿命が長くないことを知っていたのではないか。Kさん宅では当時10頭の猫が飼われていた。茶々はその中の一頭でしかなくて、それほどかまってもらえてはなかったと思うのだ。現にうちにきた当初は毛並みもぱさついてた。
茶々は、最後の期間をもう一度、飼い猫として過ごしたいと思ったのではないか。
私が茶々を選んだと思い込んでいたけれど、茶々が私を選んだのかもしれない。最後の時間を私と過ごそうと思ってくれたのだ。
2匹でもらわれてくれば、自分がいなくなった後に私の悲しみが深くなりすぎずにすむかもしれないこと、小さくて手のかかるしまじろうが独り立ちするまでの期間がちょうど半年だったこと。
そうか、そうだったのか。なにもかも茶々の筋書き通りだったのか。
私の想像の上をいく猫の思惑に唖然とすると同時に、猫の方が一枚も二枚も上手だということに
またしても気づかされた。茶々、来てくれてありがとう。世界一、立派な猫だったよ。
くつろいでます(しまじろう)