しごとの話で恐縮です
住んでいる町にある大学図書館のカウンターで働きはじめて一年半、このたび職場の組織が改変されることになり、同僚たちもわたしも、いささか翻弄されている。
現在、図書館カウンターが大学全体の総合質問窓口も兼ねているのを、この夏から学生サポート専門のあたらしいサービスチームを立ち上げて、図書館チームは本来の図書館業務に専念する、というのが、その改変内容の概要だ。
というと、なんだか画期的な新体制の確立!という感じだが、長年働いている同僚らによると、もともと図書館と受付窓口は別々に存在しており、7,8年前に「みんなが頻繁に利用し、開いている時間も長い図書館が質問窓口も兼ねれば利便性がよかろう」という判断で統合されたのだという。
すごく理にかなっているし、じっさいうまく機能していると思うのに、またもとに戻すの?というのがベテランたちの大方の意見である。新しい部署ができても、学生はけっきょく図書館に聞きにくるにきまってる。わたしもそんな気がする。
しかしそういうわけで、私たちの図書館チームをふくめた複数の部署から、新サービスチームに異動する人を募ることになり、また図書館の中でも人員体制の大きな変更が決まったりして、ここ1、2ヶ月は希望調査やら面接やらで何かと心落ち着かない日々が続いているのだった。
図書館内での大きな変更というのはおもに2つ。ひとつは、私たちカウンターメインで働くスタッフのグレード(イギリスの高等教育機関では職種によってグレードが1から9まであってお給料もそれによって決まる)が引き上げられること。どうも、新サービスチームのグレードと足並みを揃えるためらしい。これはわたしたちにとっては喜ばしいことなのだが、激震はもうひとつの変更点で、なんと私たちのひとつ上にあるマネージャー職が撤廃されることになったのである。
現在その職についているマネージャーは3人(うち一人はパートタイム勤務)、彼らもその決定が正式発表される30分前くらいに知らされたらしい。シビア…。
彼らは、図書館に残りたくば、グレードが下がることはないけれども、もはやマネージャーではなくなり、今まで自分の部下だった私たちと同じ立場で働くことになる。
やりにくいわ!
わたしたちと彼らの関係は、がっちりした上司と部下というよりは仲間という感覚だけれど、やっぱり頼りになる存在だったし、わたし自身はずいぶんマネージャーたちに助けられてきた自覚があるので、彼らの気持ちを思うと、うー、いたたまれない…という感じである。もし自分だったら、今までのしごとぶりが否定されたような気持ちになってしまうかもしれない。
かたや新サービスチームのほうでは、カウンター職の他に、もう一段グレードの高いOfficerの職が新設され、図書館チームからもマネージャーを含むベテラン勢の何人かがその職に応募することになった。わたしは図書館に残りたいので応募せず。でも働く時間を増やしたいので、週1日だけサービスチームでカウンタースタッフとして働きたいとダメ元で希望してみた。
面接が行われた週、職場のオフィスはその話でもちきりで、自分が受ける人もそうでない人も、「がんばれ、ぜったいうまくいくよ」とおたがい励ましあっていてなんだかよかった。誰がどこに応募したかもみんなオープンで、面接から戻ってきた人も、「けっこううまくいった」と言っていたりして、日本にいたときに、働いていた図書館で上級職の試験を受けたときの感じとはだいぶちがうなあ、と思った。
そして、結果がもたらされたのが、仕事が休みの木曜日。仲のいい同僚からは「落ちた!💀」とメッセージが届いたが、金曜日に出勤すると、職場の雰囲気はなかなかに荒んでいた。
なんと、Officerの枠に受かったのはたったひとり。マネージャーの中で一番若く、経験の少ないCのみだった。複数ポストあるOfficer職に、図書館からひとりしか入らなかったこともびっくりだし、他の経験あるマネージャーや、勤続年の長いベテランのスタッフがのきなみ落ちて、Cだけが採用されたことに、「納得いかねえ…」という思いが職場中にうずまいていた。
わたし自身も、仲いい同僚には悪いが、勤続30年、学生サポートの大ベテランで面倒見の良いDと、やっぱり経験の長いわたしのラインマネージャーのJが受かってほしいと思っていたので、「なんで??」という気持ちである。とくにCについては、気分にむらがあってちょっと自分本位なところがあり、あんまり親身な学生サポートに向いているとは思えない…というみんなの共通した気持ちがあり、それゆえ???は募るばかりだ。せめて、もうひとりのマネージャーのJが受かっていれば、「もともとマネージャー枠の出来レースか」と思うこともできたのだけど。
とくにDは、結果を知らされた際に、「あなたはほんとうにすばらしいから、学生サポートのフロントラインでこれからも活躍してほしいの」というようなことを言われたらしく、なんだそれ!!と裏でめちゃくちゃ怒っていた。そりゃそうだ。「あなたのすばらしい能力を、安い給料で処遇しますよ」と言われたのと同じで、なぐさめどころか点火剤にしかなってない。
最前線ではたらくスタッフが待遇面で正当に評価されないという構造は、どこの国でも同じみたいだ。
対照的に、喜びオーラ全開なのがCで、ハッピーパワーが全身からみなぎっていた。歩くそばから花が咲きこぼれそうな勢いである。嬉しいのはわかる、わかるよ、C。でもそういうとこだぞ。もうひとりのマネージャー(彼女は図書館志望で面接は受けなかった)が「あいつ、ぜったい友だちいないだろ…」とつぶやいて、みんなで深く頷いた。
それでも、Cにたいしてみんなは今まで通りフレンドリーに接しているし、はたで見ていたら、みんながCに対して思うところがあるなんて気づかないくらい全員おとなだ。しかしそうなると、自分が嫌われていてもうっかり気づけない可能性あるな…とちょっとこわくもなった。
Jはその日じゅう、配架作業に没頭してほとんどオフィスに戻ってこなかった。つらい!!
その後もしばらく、けっきょくのところ面接をした上の人たちは別部署のほうと近い存在なので、そっちから移ってくるスタッフたちを優遇したんだろうとか、Cが図書館チーム内で何かと軋轢を生みがちなので采配がされたのかも、とか、さまざまな憶測が飛び交った。でも思うに、Cはきっと面接で自分をアピールするのがとても上手だったんだろう。
そして、彼の性格をかんがえると、図書館で元部下と同じ立場で働くことになるなんて、きっとがまんできないだろうなあ、と思ったりした。
余談だが、面接の結果がもたらされたその木曜日、職場でちょっとした異臭さわぎがあった。その匂いのもとはあるアロマティックな体臭を放つ利用者だったらしいのだが、その匂いを消すためにCが自分の香水を館内じゅうにスプレーし、その結果喘息持ちのマネージャーのひとりが発作を起こすわ、カウンターのスタッフ全員がその日一日頭痛に悩まされるわでたいへんなことになったらしい。
金曜日に出勤したさいにも、その匂いはかすかに残っていて、同僚が「木曜の数あるドラマのハイライト」として教えてくれた。「C によるJ暗殺未遂事件」と名付けられている。
一週間が過ぎて、それぞれの配属先も、みんなの気持ちも、徐々に落ち着き先を見出しつつある。わたしも、最初は週1のみでは…といったん却下された希望が、シフト調整の都合で一転「ぜひ!」にかわったので、週3日は図書館、金曜日だけサービスチーム、という2足のわらじ生活になりそうだ。できるのかなあ。
新チームのボスからは、「図書館とサービスチームの架け橋になってほしいわ!」と言われたが、わたしの主なしごとは、サービスチームでのゴシップを図書館に持ち帰ることだと考えている。英語環境下ではききみみずきんの収拾範囲が狭いので、あんまり期待できないんだが。

夏休みを控えた、土曜日の図書館のイメージ画像
byはらぷ