【月刊★切実本屋】VOL.99 シングルタスクで聴いてきました
テーマパーク、テレビのバラエティ番組のほとんど、分厚いカタログ、詰め込まれた研修、家電量販店、巨大ショッピングモール、なんなら大型書店‥が苦手だ。わたしにはキャパオーバー、過情報なのだ。その点、ラジオはありがたい。五感を心おきなく聴覚に動員できる。自分のペースで、情報をキャッチし取捨選択し咀嚼し反芻できることの心地よさよ。
ラジオが好きという人にはわりとよく会うが、こぞってキャパが広く、マルチタスクな印象だ。最初は「なんで?」と思ったが、じきに腑に落ちた。キャパが大きく、同時に複数の情報を受信できるからラジオも聴けるのだ。「ラジオも」だ。「ラジオは」ではない。そこがわたしとは違う。これは、卑下でも自慢でもやっかみでもないのだ。リーグが違うだけなのだ‥と思いたい。
長年、ほぼシングルタスクでラジオを聴いてきた。マルチでもイケるかもと、十代は勉強をしながら深夜放送を聴いたが、勉学は悪銭同様、いっさい身につかなかった。たまに家事をしつつ聴くが、これだと細部を聴き逃しがちなので自分に推奨していない。語尾のニュアンスや、会話のちょっとした間が気になる体質なので、集中して聴かざるを得ない。しょうがないのだ。
そういえば、半世紀以上そんな聴き方をしてきたのだなと、今回『開局70周年記念 TBSラジオ公式読本』(武田砂鉄/責任編集)という本を読んでしみじみしている。
半年前の記事でも言及しているが(こちら→★)1970年代前半の中学生の頃、平日夕方にラジオ福島でやっていた帯番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』(TBSラジオ)をよく聴いていた。ハマっていたといっても過言ではない。学校から帰った後の、心身ともに弛緩しているような時間帯に聴く小沢昭一の「話芸」は、決してこども向けではなかったのに妙に心地よかった。締めに「それはまたあしたのココロだ!」という決め台詞があって、陽気な音楽が流れ、女性の声が「おはやし 山本直純」とアナウンスする段になると決まって「もうちょっと聴いていたい」と思ったのだった。
今回の本のあとがきで、編者の武田砂鉄さんは「とにかく、たくさんの言葉を抽出し、その言葉をできる限り載せて、徹底的に読者に浴びてもらいたいと思った。」と書いている。なんて素敵な言い草(!)だろう。そしてまさにそのとおりの内容で麗しい。
インタビューも対談も寄稿もみっちり言葉が詰まっている。赤江珠緒、伊集院光、宇多丸、永六輔(長峰由紀と外山惠理という、武者震い必至タッグでの永さんの思い出対談)、大沢悠里、荻上チキ、神田伯山、久米宏、ジェーン・スー、毒蝮三太夫、爆笑問題、山里亮太(50音順)‥などなど、TBSラジオには欠かすことのできない猛者が、重鎮も若手も芸人もサブカルもカリスマも故人もいっしょくた、並列でラジオを語り、自分を語っている。スーさん、伊集院さんの自己完結的な理論武装、一方、爆笑問題太田さんのノーガードっぷりの対比がおもしろい。
そしてフシギなのだが、そんな彼らの言葉をいっぱい浴びるほどに、小沢昭一のあの適度な湿り気のあるだみ声と独特の間と言い回しが脳裏をよぎる。夢中になって聴いているわけでもないのに聴き始めたら習慣化してしまうあの感じ‥。まさにラジオの醍醐味だ。ラジオ界のひとって、アナウンサーだろうとコラムニストだろうとミュージシャンだろうと、俎上に乗せられたらみんな、ある種の漫談家になるのかもしれないな、とか、幼少の頃からずっと家でTBSラジオが流れていたという編者が「言葉を浴びてもらいたい」という思いで本を作ったことに感応したわたしの中の小沢昭一が「それは小生の出番というココロだ!」と出てきちゃたのかも、とか。
ラジオを含む音声メディアの妙味は、人が発する言葉に付随する感情はひとつではないと気づく瞬間に数多く立ち合えることだと思う。テレビだって気づけるわけだが、視覚情報が邪魔だ。テレビ慣れした、反応が的確だと思う人ほど、生の感情は見えてこない。視覚が牽引するイメージを熟知しているんだろうなあと斜に見てしまうせいかもしれない。
自分がラジオで語尾や間を聴き逃したくないのは、そこに幾重もの感情が詰まっているからだ。十代前半の自分ですら、小沢昭一の声音にいろいろな含みを感じていたのがなによりの証拠だ。
奥歯にモノが挟まったような物言い、鋭利さを隠したつもりが相手に察知され砥がれてよけいに切っ先が鋭くなる感じ、論点をズラし躱し解体した揚げ句にくっきり見える中枢‥などなど、ラジオの表情・表現は豊かだ。そして武田砂鉄という、ラジオ育ちの稀代のライターに抽出された言葉たちのなんと色鮮やかなことだろう。砂鉄、すげえ!
そして最後に。
マルチタスクなのに、わたしと音声メディアの趣味が激しくカブる人といえば、なんといってもCometさんこと、こめPさんである。体調が回復して、またラジオを耳いっぱいフルに満喫できるようになったら、今まで以上にコソコソと(←言葉のあや)情報や感想を交換しようぜ。わたしにとってそれがどんなに楽しく大きなことか今、実感しているのだよ。
by月亭つまみ