「カフェパウリスタ」にて
パウリスタは銀座にある現存する日本最古のカフェだ。
その歴史は古く、芥川龍之介が通っていたことでも有名である。

店内のレトロムードもさることながら、来店客もレトロ感満載である。
背広姿の老紳士や、三越での買い物帰りの着物姿のご婦人の中に混ざっていると
タイムスリップしたような気持ちになる。
わたしはいつもパウリスタでは、一番奥のソファー席、ジョンレノンとオノヨーコが座ったと言われる席に座るのが常だ。
その日も運良くジョン&ヨーコの席に座ることができ、
さて、読みかけの本でも読もうかと思っていたのだ。

ひとつテーブルを空けた隣のテーブルには6名の女性客が座っており、なにやら大盛り上がりで話し込んでいる。年齢構成はと、見ると、80代と思われる女性の中に60代の女性がひとり混じっていた。黒髪のショートカットに黒のワンピースをすっきりと着こなす、そのひときわ若い(その中では)女性が腰を浮かし気味に熱弁を振るっていた。
ワンピ女史「だからね、一年間着なかった服っていうのはもう着ることはないのよ!」
一同「そうそう、そうなの、そうなのよ」相の手が入る。
女史「残された人が困らないように、自分の持ち物を減らしておかないと!
本当に自分にとって必要かどうかをよく考えて。本当に、ほんとうに、ほんとうに必要かよ、いい?」
この方、強調したい言葉を繰り返すくせがあるようだ。
女史が「本当に!」と繰り返すたびに白髪のご婦人方は大きくうなずく。
「私はね、いったん保管用の箱にいれておくの。それでも着なかったら本当にいらないってことだから処分するようにしているの」
「うん、うん」うなずく面々。
「それもね、自分の頭がクリアなうちにやらないとね、クリアなうちよ、ねっ、クリアなうちにね!」
はいはい、クリアなうちですね、こっそりとつぶやく私。
「私がね、Mさんの亡くなった後に、持ち物処分してくれって頼まれたってさ、家中にいっぱい残ってたりしたら、どうすんの、これ?って思うもの。でしょ。そうでしょ。ね、ね」
いきなり引き合いに出された目の前のMさん、神妙な顔をしてうなずく。
そしてそれぞれがつぶやき始める。
「子供でもいればまた違うんだろうけど」
「わたしなんてずっと独身できてるし。。。」
「誰だっていずれ迷惑かけることになるんだから」
なるほどね、子供がいなかったり独身だったりする場合の、老後のその先の自分が亡くなった後の心配をしているのか。わたしも人ごとじゃないからな。ちゃんと聞いておこうと、さらに耳を傾ける。
ここで話は急に飛んだ。
「だからね、いざというときに遺言があると全然ちがうのよ。全然ちがう。ぜんぜん、もうぜんぜんよ」
女史が繰り返す。
「私なんて弁護士に頼もうとおもっているのよ。何百万もかかるみたいなんだけど、
そんなめんどくさいこと自分でやったらストレスがかかりすぎて死んじゃうわよ。
ほんと、私死んじゃうわ、うん、ぜったい死んじゃう」
そもそも自分が亡くなる前提を話をしているのだから、その最中に死んじゃったら
それはそれでいいんじゃないの?別に困らないんじゃない?
と突っ込みをいれたくなった私であるが、
”自分が亡くなった後のことを考えながら、自分が死んじゃうことを心配する”
大いなる矛盾に思えるのだけれど、こういうことを一生懸命話すってことが「生きてる!」ってことなんじゃないかと思った。
熱弁をふるっている女史も、聞き役にまわっている80代の先輩方も、ひとつ空けた隣の席でこっそり聞き耳をたてている私も同じ時間を生きている。
それだけで、なんだかすべてがいとおしいような気持ちになった。
読書は進まなかったが、なんだか高揚した気持ちで、店を後にした。

















































































