渋谷で月刊ホン・サンス
渋谷のユーロスペースで、「月刊ホン・サンス」が始まった。
韓国の映画監督ホン・サンスは、驚くほど多作だ。昨年、日本では2022年制作の『WALK UP』が公開されたが、その後すでに『水の中で』『私たちの一日』『旅人の必需品』『小川のほとりで』『自然は君に何を語るのか』の5本を撮り上げているのである。
ホン・サンスはこれまでも年に複数本の映画を撮ってきたが、近年はさらにペースが上がっている印象がある。2020年に2本、2021年に1本、2022年に2本、2023年に2本、2024年も2本、そして2025年もすでに1本が完成している。
これほど多作なのには理由がある。昭和の映画全盛期のように、シリーズものを次々と作っているわけではない。ホン・サンスは、ただ「撮りたいから撮る」のである。
彼の作品は「どれを見ても同じ」と言われることが多い。実際、登場する俳優は常連ばかりで、ストーリーも、だらしない男と少しエキセントリックな女がいて、人と人との出会いがあり、飲み、泣いて、笑っている。
どの作品も似ているのに、いつも「ああ、これは私についての映画だ」と思わせるリアリティが潜んでいる。ホン・サンスはそれを、切れ味鋭いセリフや、妙に長いズーミングで絶妙にコントロールしている。そして、どこかに気付かない程度の進化がある。
彼が驚くほど多作なのは、「すぐ撮れる環境」を自ら整えたからだろう。そして、「人と人との気持ちのすれ違いって、こういうところに現れるのか」と思い立った瞬間、もう撮りたくてたまらなくなる。
だから彼の映画は、いつも懐かしくて、いつも斬新で、いつも切なく、そして、自由だ。そんな自由な映画作りで、思いついたことをすぐに実験したいという気持ちなのではないだろうか。
時間が入れ替わったり、ストーリーの終わりに突然オープニングがつながったりしても、観客は驚かない。むしろ「ああ、そんな気持ちになることってあるよね」と素直に思える。
同じ登場人物、同じシチュエーションで、ほんの少しだけ展開を変えた物語を連続してつなぐこともある。観客は慣れるまで、「あれ? この場面、さっきもあったぞ。なぜ、さっき『初めまして』と挨拶した二人が、また『初めまして』と言っているんだ?」と戸惑う。
けれど、それがだんだんクセになっていく。映画って、こんなに自由なんだ、と微笑ましくなる。
自由といっても、CGが使われるわけでも、近未来的な展開になるわけでもない。ただただ、市井の冴えない男と女が、日常的な物語を紡いでいるだけなのに、とんでもなく自由なのである。
そんなホン・サンスの未公開新作5本を順次公開するために企画されたのが、渋谷・ユーロスペースの「月刊ホン・サンス」だ。2025年11月から第1弾『旅人の必需品』が始まった。主演はフランスの名優イザベル・ユペール。ユペールがソウルでフランス語を教える謎の旅行者を演じている。早速見てきたが、これがまた可愛くて胡散臭くて面白い。
12月には『小川のほとりで』。ホン・サンスのパートナーでもあるキム・ミニの久々の主演作だ。
そして1月には、全編ピンボケで世界の話題をさらった『水の中で』が控えている。この作品は61分の中編だが、すべてのカットがピンボケらしい。ああ、もう、見たくてたまらない。
その後、2月に『私たちの一日』、3月に『自然は君に何を語るのか』と続く。
これだけ多作でありながら、そのすべてが国際映画祭に出品され、高い評価を受けている。もちろん映画なんて、好みで見るものだし、誰もが同じ映画を面白いと思うわけではない。
けれど、一度ハマれば、毎年のように新作を届けてくれるホン・サンスは、本当に稀有で魅力的な映画作家だ。
ぜひ、みなさん。月刊ホン・サンスをよろしく。
知らないうちに動画配信にも彼の作品はたくさん並ぶようになっているので、ぜひ試しに見てほしい。 と、頼まれてもいないのに、ホン・サンスをおすすめするだけの回になってしまった。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。

















































































