今日からオバフォー、始まります。まずは、わたしの年末年始のお話から。
あけまして、おめでとうございます。カリーナです。
みなさま、どんなお正月を過ごされましたか。
うちは、長崎から姉が来て一緒に年末年始を過ごしています(現在進行形)。
姉とは一回り年齢が違うので、もう76歳。ちゃんとした高齢者といってもいいでしょう。時の過ぎるのは早いなあ。あんなに若かったのになあ。昨今、80代、90代でもピンピンした人が多いとはいえ、70代後半が高齢者に入ることは間違いなし。
もし、わたしが姉の子どもだったら、そろそろ一人暮らしを心配する場合もないことはないでしょう。ところが、どうも妹なので、そのあたりのことがうまくいきません。
ただーーー。姉はとても元気で、もちろん頭もクリアですが、「あ。年をとったな」と感じる瞬間がありました。
会話のときです。何か共通の話題を見つけたとしましょう。それでおしゃべりしていると、その話題に刺激されて姉は、自分の友だちとの関連のある(ようにも思える)出来事を思い出す。わたしは、すでに聞いたことのある内容です。
すると、もう、そこからどんどん他の友だちとの出来事へと連想が広がり、どんどんと話題がずれていく。(ほとんど聞いたことのあるエピソード)
わたしもこのオバフォーのミカスさん、月亭つまみさんとポッドキャストをやっていて、しょっちゅう話は脱線するので人のことは言えませんが、それと似ているようで、ちょっと違うのです。
わたしたちは「一緒に脱線」するが、姉は「ひとりで脱線し、その線路を上機嫌に高速で飛ばしていく」!待って、待って、どこまで行くの~!?になる。
年寄りの話は長い、そして退屈の一亜種か。
そのあと、こちらが無理やり奪わないと、会話のボールが戻ってこないことも増え、「そうか。目立った加齢は見えないけれど、こんなところに現れるのだなあ」としみじみするとともに、老化のあなどれなさと着実な侵略ぶりに恐れ入りました。まあ、わたしも自分が気づいていないだけで、何か表れているのでしょうけど。
年とともに「この話題になると、これを思い出し、そのことについて言いたくなって張り切って言ってしまう(それは、毎度の思考パターンなので、ほとんどの場合、かつての繰り返し)」のですが、そのパターン以外の「道」が減っていく。会話の相手といっしょに「新しい会話の道を作る」ことが難しくなる。逆にいえば、相手とともに新しい会話の方向性を作れれば、十分に若いということだと思います。
まあ、姉は昔から「知っている限りの友だちの話を次々にする」という変わった会話癖の持ち主なので、この兆候はありましたが、さらに深化しています。
少し寂しい。
…姉と会うのは、特別なことがないと1年に一度なので一層感じるのでしょう。あまり大げさに考えず、でも、小さな変化に気づいていきたい。そして、かつてと同じ「楽しみ」を期待せず、姉にも私にも無理のない、これまでとは異なる楽しみの共有方法や過ごし方を見つけていきたいと思います。
そういうわけで、わたしの年末年始は、肉親の加齢とそのちょっとした重たさを感じる時間となりました。みなさんはいかがだったでしょうか。オバフォーはもちろん、今年もコツコツと更新しますよ。時間のあるときに遊びに来てください。待ってまーす。
今年もよろしくお願いします!

















































































