Posted on by サヴァラン
< いろんな言葉 > 懐かしい庭
道路脇にいた初老のご婦人に声をかけ、この道でいいのか訊ねる。
私がとても不安そうに見えたのか、彼女は安心させようとするかのように、
何度も頷きながら、大丈夫です、このまま真っ直ぐ行けば大丈夫、と力強く繰り返してくれる。
礼を言ってまた車を走らせる。
本当に懐かしい庭が多い。
こういう家にはよく、ちょうどその人の精神に清しさ(すがしさ)を与えるほどの、
程良い文学趣味を持ったお姉さんがいて、
庭先で簡単に紫苑を手折ったりしてくれるのだ。
鶏頭は嫌だわ、私コスモスが好きだわ、などと言ったりする、適度な自己主張を持って。
また先ほどのように、
手ぬぐいを被ったその家の主婦が庭先で何かを筵(むしろ)の上に広げ作業をしていて、
道を訊くと親切に腰を伸ばして立ち上がり、道まで出てきて教えてくれたりする。
こういう庭を、何と形容したらいいのだろう。
日本の伝統的な、というわけにもいかない。
植木屋さんの支配する和風の庭園というのではない。
流行の英国式ガーデニングの原型が、
貴族のそれではなく農家のコテージの庭先から始まったというのなら、
この日本の懐かしい庭先も、たぶん明治以降だろうけれど、
全く同じように存在しているのに、けれどなんと呼べばいいのだろう。
きちんとそのことについて思いを巡らす前に、
すでにこの控えめで穏やかな風景は絶滅に向かっている。
梨木果歩 『 ぐるりのこと 』 より~
selected by サヴァラン
☆ これまでの「いろんな言葉」はこちらへどうぞ→ ★