自分の「古さ」に気づいたとき、裕次郎に会いに行こうと思った。
「この年になると、仕事がうまくいかないのって、キツいですよね」
ドラマ『最後から二番目の恋』の中で、小泉今日子扮する吉野千明@48歳独女がつぶやくセリフです。この夏のわたくしは、まさにそんな心境でありました。
「いやいや20代だって30代だって仕事がうまくいかないとキツいでしょ」という声もあるでしょう。ごもっともでございます。ただ、40代で独身で、良くも悪くも働きづめの人生を送っている身にとって、仕事がうまくいかないというのはもう自分全否定ぐらいのダメージがございまして。
なにしろこの夏のトラブルは、かつて経験したことのないものばかりでした。何度打ち合わせしても意思の疎通ができない。何度原稿を書き直してもOKが出ない。最初は対話不足や見解の不一致からくるものかと思っておりましたが、あまりに同じようなことが続くので、そのうち「もしかして自分がダメなのでは…」という不安にかられるようになったのです。
思い起こせば駆け出しの編集者時代、ベテランライターさんやカメラマンさんの中に少々扱いづらい人がおりました。いざというときには頼りになる方々でしたが、企画に合わせて柔軟に対応してくれないことが続いて、だんだん編集部で起用されなくなり、いつしか姿を見なくなってしまいました。
もしかして今のわたしが、あのときの「ベテランさん」になっているのではないか。うまくこなしてきたつもりだったけれど、現場の人には「あいつ古くさい、融通きかない」と煙たがられているのではないか。一度そう思い始めると、やっぱりそうかも、いや絶対そうだと思考はどんどんネガティブ化。やがて仕事が手につかなくなり、集中力を欠いてさらにヘマをするという悪循環に陥ってしまったのです。
これはいかん。こういうときは人間ろくなことを思いつかない。いったん気分を変えよう、やめやめ、どうどう。
こういうときこそ旅、であります。
いつでもぶらりと旅に出られるのは、ひとり暮らしの特権ではありますが、遠出をする時間もお金もないし、頼みの寝台特急も夏休みで満員御礼。こういうときに温泉につかるとかえって思考が内に向かってしまうし、街で買い物したり友と飲んでも気晴らし効果は当日しかもちません。さて、どうしたものか。
そんなとき、ふと「吹割の裕次郎」のことを思い出したのです。
「群馬に東洋のナイアガラと呼ばれている滝があって、滝の近くに石原裕次郎LOVEな大層風変わりなオッチャンがいる。古めかしい料理屋で、お客が来ると頼みもしないのに歌い始める。メニューを頼むと、てんこもりの天ぷらがおまけで出てくる」
という噂を聞いたのは、いつのことだったでしょうか。「東洋のナイアガラ」という大きく出ちゃった感漂うキャッチコピーと、「滝の近くで歌いながら迷惑なほど天ぷらをふるまう裕次郎」のイメージが、わたしの中で強烈なインパクトと共に深く刻まれたのでありました。
裕次郎に会いに行こう。うん、行くなら今という気がする。滝なら涼が取れそうだし、猛暑で弱った心身も楽になるかもしれない。そうと決まれば善は急げ、仕事が途切れる隙を狙って家を飛び出したのです。
めざずは群馬県沼田市。電車をいくつか乗り継いで、沼田駅からバスで約1時間のところに、目的地・吹割の滝はありました。
名勝・吹割(ふきわれ)の滝は、900万年前の火山噴火で流れ出た火砕流が冷え固まり、川の流れで侵食されてできたV字谷の滝。川床を裂くように流れ、そこから水しぶきが吹き上げる様子からこの名が付けられた(by wikipedia先生)北関東の観光スポットです。
こちらは本家。で、東洋のほうは…
おお
なかなかの ナイアガラ感!
ちっちぇ(笑)
本家とのスケール差ハンパないですが、これはこれでなかなかの迫力。高度成長期には、きっと新婚旅行や慰安旅行なんかで人気だったんだろうなあ(東洋の~というフレーズが既に昭和臭プンプン)と思いつつ、マイナスイオンを浴びてあっさり観光終了。
いざ、裕次郎であります。滝まで来てみたものの、肝心のお店がどこなのかという情報は入手できていませんでした。そこで地元の人にそれとなく聞いてみると「ああ。あの人ね。このあたりは昔は団体客が押し寄せてすごかったんだよ、あの店もいろんな酔っ払い客を何十年もさばいてきたから、そりゃ海千山千で個性も強くなるってもんだよね。すぐそこだよ」
すぐそこってどこ?と思ったら
ホントにそこだった
なんというハンドメイド感あふれるお店、と思ったら
どうやらこの御大が、噂の人物のようです。なにしろエプロンに「滝の裕ちゃん」て書いてあるし。石原裕次郎との2ショット写真が堂々と貼られてあったし。
「10割そば600円ですよ、いかがですかー。他は1500円取るよ、ここは安いよいかがですかー」
そばで1500円はないやろ、と思いつつも迷うことなく店内へ。奥は思いのほか広く、テーブル席はもちろん座敷席まである民芸風居酒屋。ここぞとばかりに、店先の囲炉裏端に腰かけてみました。
味わい深い民芸風の店内
「イワナどうですか、おいしいですよー」と勧め上手で声をかけられたので、看板メニューのざるそばとイワナの塩焼きを注文。イワナをセッティングする裕ちゃんに、さりげなく話しかけてみることにしました。
「このお店は長いんですか」
「そうだねえ。おやじの代からやってるから、もう70年くらいかな」
「石原裕次郎さんは以前からお好きなんですか。お店の写真、裕次郎さんと写っておられますよね」
「そうだねえ。わたしも東京に行ってね、裕次郎さんの歌を歌ったりしてね。銀座のクラブのママさんにも歌いに来て来てって言われたりしてね」
カチッ
電源オン。イワナのかわりにマイク握って「赤いハンカチ」熱唱。
何度も何度も何十年も歌いこんで、もはやカラダの一部と化しているような歌声でありました。1962年リリースの石原裕次郎の「赤いハンカチ」が、こんな滝のそばで21世紀まで歌い継がれているとは、ご本人でも思うまい。
「裕次郎さんと仕事をしていたスタッフさんとか俳優さんとかもよく来てくれてね、ああ私ですか? 70すぎてんですけどね…」
歌い終わるとイワナの様子を見て、見てはまた歌ってをくり返す裕ちゃん。合間に話しかけると流れるように語ってくれるのですが、その間のサービスということなのか、気づくと遠くから声が聞こえてきます。
「ちくしょうやりやがったな倍にして返すぜ、フックだボディだ、ボディだチンだ…」
カセットデッキから「嵐を呼ぶ男(by 滝の裕ちゃん)」が流れているのでありました。
そうこうしているうちにイワナが焼き上がり、続いておそばが到着。
「つけあわせ」の概念に革命を起こすボリュームです。天ぷらというよりフリッターのような厚い衣に包まれた野菜たちは、しっかりとした味噌味がついておいしかったのですが、さすがに胃にもたれて全部はとても食べられず…。どうしたものかとモゴモゴ口に入れながら裕次郎と語らっていると、1組、また1組とお客さんが入ってきました。おもむろに注文を取りにいく裕ちゃん。そして
また歌う。
通りすがりの客にも歌う。
通りすぎなくても歌う
裕次郎を知らない人にはなんのこっちゃって感じですが、ここまで完成されていると誰も何も言いません。ただ微笑みながら聴いているのみ。
「滝はこちらでいいんですか」
「ここをまっすぐ降りたところですよ、おそばいかがですか、他は1500円ですよ、うちは600円ですよ」
「六角堂ってどちらにありますか」
「あそこはつまんないですけどね、退屈だと思うけどね、この坂を上った左側にありますよ、おそばいかがですか、十割そばが600円ですよ」
観光案内もテイスティ。毒のちょい盛り具合がたまりません。
この店は来る日も来る日も何十年も、こうやって商売してきたんでしょうね。毎日毎日ひとつのことを、毎日毎日続けていけば、ただ古くなるだけじゃなくて、いつしかそれは「名物」になっていくのだろうか。
なんてなことを、裕ちゃんと話しながら考えていたら
「今度、市民会館でカラオケ大会があるんだけど、よその人でも応募できるみたいですよ。よかったらいかがですか?」
カラオケ好きの人と勘違いされてましたとさ。
こうして念願の裕次郎との対面をはたしたわけですが、どうやら北関東というところはテイスティなオッチャンの宝庫のようで。
そんなわけでテイスティな旅、後編へ続きます。
追伸:
どうやらここは「まちこ茶屋」というお店らしいです。でも「滝の裕ちゃん」でググるとたくさんヒットします。吹割の滝のすぐそば、群馬においでの際は、ぜひ裕ちゃんの美声を旅のお土産に~。
8月31日追記:
吹割の滝は栃木県と書きましたが、正しくは群馬県でした!記事修正いたしました(・_・;群馬と栃木のみなさま、大変申し訳ありませんでした。
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
はしーば
じじょうくみこさん、こんばんは。
その後、テニス肘の具合っはいかがでしょうか?
へバーデン結節という中高年女性特有の関節痛(指)にとうとう(?)
かかってしまい、じじょうさんの痛みが少し共有できたつもりでおります。
そんな連続的、日常的にずっと突き指状態で凹み気味だった今年の夏、
またも笑いで救って下さって感謝、感謝です。
「滝の裕ちゃん」、また、猛烈に気になる男が登場です。
アーバンに乗っていざ、栃木。
11月頃には燃える紅葉をバックに「赤いハンカチ」を聴けるでしょうか。
つまみ
じじょくみさん、おはよーございます。
気分を変えようとソッコーで旅に出るじじょくみさんの行動力にあこがれます。
吹割の滝、20年ぐらい前に行きました!
裕次郎、当時からいたのかなー。いたんだろうなー。
わかってればなー。残念だなー。会っておけばよかったなー。
ここで、「知ってる!私は50代の彼を知っている!」と自慢できたのになー(そこかい!)。
20年前は老神温泉というところに泊まったのですが、「テニスもできます」とパンフレットにあったので、ラケットを持って行きました。
そしていざ、「テニスをしたいんですけど」と表明したところ、わりと驚かれた後、めんどくさそうに運転手が出てきて、ホテルのマイクロバスで、けっこう遠い、すんごい山奥の人っ子ひとりいないテニスコートに連れて行かれました。
運転手には、ちょっと不機嫌そうに「忙しくて帰りは迎えに来れないので、あの公衆電話(ぽつんとあった)でタクシーを呼んで帰ってきて」と言われ、友達と呆然としました。
谷底みたいな場所で日没も早く、風も出てきてテニスにならないなあ、タクシーを呼ぼうかと思った頃、なぜかマイクロバスのお迎えが来ました。
同じ運転手だったのに帰りは愛想がよく、キツネに化かされてるのかよ、と思いました。
なんだったんだろう、あれ。
ダラダラとすみません。
okosama
じじょくみさん、お久しぶりです!
お、滝、イイな。栃木県なら車で行ける?と思い検索したら、群馬県沼田市と出ましたよ。うーん遠いかも…と思いきや栃木県日光市のお隣なのですね。おお、これなら行けそう!
気持ちの切り替えに旅!って、じじょくみさんには、お洋服を買うよりハードルが低いのですね。
どこにいても濃いヒトに出会うじじょくみさん、今回は自ら濃いヒトの元へ⁈ 続きが楽しみですわ♪
じじょうくみこ Post author
>>はしーばさま
こんにちわー!コメントありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ
へバーデン結節とは、なんとものものしい名前ですね…
早速調べてみましたが、うわーん痛そう( ; ; )
毎日つき指状態はお辛いですね…ご自愛くださいませね。
すいません、吹割の滝は栃木じゃなくて群馬でした!
あーこんなとこでもミスしてる自分(°_°)ごめんなさい。
でも裕ちゃんは紅葉が赤かろうが青かろうが
赤いハンカチを熱唱してくれると思いますよ。
天ぷら食べ食べご堪能ください♩
じじょうくみこ Post author
>>つまみさま
わーコメント嬉しいです\(//∇//)\
20年前の吹割の滝は賑わってましたかね?
東日本に疎いわたしは最近まで知らなかったのですが
吹割の滝は有名スポットなのでしょうか。
天気のいい日なら最高に気持ちよかっただろうなーと思いましたよ( ´ ▽ ` )ノ
老神温泉、存じておりますとも!
すぐ近くですよね。昔は老神に泊まって滝を見に行くというのが
旅の定番だったそうですねー。
でも老神温泉は今でも何とも不思議な空気感がすごいですが
20年前からそんなに気まぐれでしたか(笑)
行きと帰りはたぶん違う動物だったんじゃないですかね(笑)
じじょうくみこ Post author
>>okosamaさま
こんにちわ!お久しぶりですーコメントありがとうございますm(__)m
そして、ご指摘本当にありがとうございました!
栃木じゃなかった群馬だった!!!((((;゚Д゚)))))))
なんで栃木と思い込んじゃったんでしょうねー
Wikipediaも観光サイトもチェックしたのに
ずっと栃木だと思ってたー。
いま思い込みってすごいですね、助かりました。
記事修正いたしましたm(__)m
はい、旅に出るより試着室に入るほうが勇気がいります(^^;;
花緒
私も三年前に吹割の滝行きました!
つまみさんと同じく老神温泉に泊まりました。
滝が気に入って、一泊二日で2日間ともに見に行きました。
柵がないので怖いんですよね(^^;
裕次郎に記憶にないのですが、もしかしたらずっと裕次郎の曲を流していたお店があったかも?
有名人だったとは、うっかりしていました!
知っていたらなぁ…。
中島
私も6〜7年前にはとバスツアーで行きました。
そうそう、柵がなくて滝に落っこちそうで怖かったです。
ここから先に行っちゃダメ的な心もとない白線を思い出します。
そんな有名人がいるのなら、バスガイドさん一言言っておいて欲しかったです 笑
サヴァラン
じじょくみさんは動く磁場ですね。
濃ゆいひとが必ずひっついてくる。
ごめんなさい。
今回のおはなしから うんと離れたことなんですが。
今回の記事を読んでいて急に思い出した女性がいました。
以前、山形の銀山温泉のある旅館にアメリカ人の女将さんがいたのをご存じですか?
わたしは山形に住んでいたとき、遊びにきた友人と泊りに行ったことがあるんです。
そのときあの女将さんとお会いして、少しだけですがいろいろおはなしをしました。
なんとも言えない深い余韻を残す、聡明で美しいひとでした。
あの方、ことの仔細は知りませんが、今はアメリカへ帰られたようです。
それを知って驚いたんですが、でも、その選択もありだよな、と思いました。
あれ?吹割の裕次郎から大脱線。。。
でもまあなんです。
調子のいいときも悪い時も。
じじょくみさんの磁力は 永久に不滅です!!
じじょうくみこ Post author
>>花緒さま
こんにちわー♩コメント嬉しいです( ´ ▽ ` )ノ
そうかー吹割の滝って人気なんですね。
知りませんでした。
しかも2日続けて?そんなにお気に召されましたか\(//∇//)\
気持ちいいですよねー。周りの景観も独特の雰囲気ありますしね。
本当は奥の遊歩道も行きたかったんですが、
白川郷で毛虫に襲撃されて以来、山道には入らないことにしています(笑)
今度はぜひ、裕次郎の声に引き寄せられるまま、
たどってみてください。きっとそこに裕ちゃんがいます(=´∀`)人(´∀`=)
じじょうくみこ Post author
>>中島。慶子。さま。
わーい、慶子さまからコメントいただいちゃった\(//∇//)\
そうかーあそこははとバスツアーにもなっているんですね。
そこまでの観光地とは知りませんでした。勉強不足!
確かに白線があって、赤いコーンづたいにロープが張られていましたが
簡単におっこちそうなスリルがありましたね。
滝の裕ちゃん、ツアーコースに入ってなくて残念!
バス1台ぶんくらいの収容力ありそうなお店でしたよ。
じじょうくみこ Post author
>>サヴァランさま
おおお、今回はオバフォーメンバーが続々と!
あたたかいお言葉、胸に染みまする…( ; ; )
ありがとうございますm(__)m
銀山温泉の青い目の女将、もういないのですか!
知らなかった…。
銀山温泉はいつか行きたいなーと思っておりましたが
調べてみたら、離婚して母国に戻られたとか。
古き良き日本を愛しておられた彼女にも
いろんな葛藤があったんでしょうねえ…。
新しくても古くても、悩むっちゃなやむんですよね結局人間。
ちなみに、トラブルを引き寄せるマイナスの磁場があるとはよく言われます(笑)