「古さ」と「新しさ」のはざまで、揺れながら今日も帰ろう。
ひと雨ごとに秋が深まる、などと申します。こう降ってばかりだと、どこからどこまでが「ひと雨」なのかわかりませんが、ともあれ秋は確かに近づいております。それはいいんですけどね、いくら秋だからって、いくら「ふなっしー」が人気だからって、お菓子を何でもかんでも梨味にするの、いかがなものでしょうかね。
そう、問題は梨なのです。毎年この時期になると、どこからか梨が宅配されてきます。いえね、梨は好きですし、大変ありがたいことではありますが、ひとり暮らしの人間に梨を送りたがる気持ちって何なのだろうと思ったりもします。なにしろ梨、減らないんです。食べても食べても減らないんです。そのくせ、どんどん傷んでいくんです。わたしの独女仲間も似たような状況のようで、毎年この時期になると互いに梨を贈り合う仁義なき戦いがくり広げられることに…。
もしもあなたの友人が、重そうな紙袋を持って現れたら、どうか慈愛の精神で静かに袋を受け取ってプリーズ。そう願うばかりの梨汁ブシャーくみこです。
ってそんな梨の話も梨花の話もいいのです。ここではまだ夏真っ盛りの話をしているのです。短い夏の旅を3週間もひっぱり続けるとは、いったいどういう用件ですか>>自分。今回が最後です、後生ですからあと少しだけおつきあいいただけますと幸いですm(_ _)m
その1: 自分の「古さ」に気づいたとき、裕次郎に会いに行こうと思った。
その2:温泉街の片隅で、にこやかに笑っているオイチャンに惚れた。
そんなこんなで群馬のテイスティなオイチャンたちとふれ合い、負のスパイラルからの脱出を試みたこの夏のわたくし。水上温泉に1泊した後、宿を出したその足でまっすぐに向かったのは、水上駅前にある喫茶「白樺」。実はこのお店に、「滝の裕ちゃん」に次いで会ってみたい御方がいたのです。
「水上温泉の駅前には、スチールギターという楽器を演奏しているカーネル・サンダース風味のオイチャンが出没する。その人は喫茶店のマスターで、お店に行くとスチールギターを聴かせてくれるらしい」
という噂は、以前から耳にしておりました。はて。スチールギターってなんでしょう。
指で弦を弾く普通のギターと違って、金属のバーを使って弦を押さえるらしいです。あれですよほら、ハワイアン音楽には欠かせない、ミヨヨ~んて、ポヨヨ~んて鳴るやつ(何の説明にもなってない)。
このギターを寝かせたような、ちょっと不思議な楽器を、テンガロンハットを小粋にかぶって演奏しているのが白樺のマスターなのでありました。
というわけで、いざ白樺へ。いかにも観光地の喫茶店というたたずまいのお店を入ると、店内に客は誰もおらず、奥のほうにポツネンとひとつ、丸い背中が見えました。
「いらっしゃい」
いた。会いに行けるアイドル!(え?)
ひとりで切り盛りしておられるのか、マスター自らオーダーを取りに来てくれました。ご尊顔を拝すると、まあ~~なんという柔和な笑顔であることか。いきなり優しい空気に包みこまれ、入って1分の接近戦にドキマギ。とりあえずコーヒーを注文し、マスターが厨房にはけていくのを見つめながら店内をキョロキョロしていると、壁には新聞や雑誌の記事がびっしり。
記事より
読んでみると、マスターはいかりや長介さんや加藤茶さんとバンドを組み、ドリフ前夜の時代を共に過ごしたプロミュージシャンだとか。なんと。すごい人だったのか。音楽にも楽器にもスチールギターにも無縁の、でも一方的にドリフに縁のあるわたしとしては、ますます興味が湧いてきます。
そのマスター、しばらくするとコーヒーといっしょに「はい」と何かの道具とくるみを持ってきました。
「この穴にくるみを入れて、棒を回してみて。きれいに割れるから」
見ると、パイプタバコのように筒状になった木製の民具。どうやら空洞になっている部分にくるみを入れ、ねじ状の棒で圧迫することで殻を割るシステムのくるみ割り器のようです。
こういうやつ。(写真はサイトからお借りしました)
えーと。つまみとして食べろ、ということでよろしいでしょうか。
「ここをね、ぐりぐりしてみて」
「あ、はい、ここですね」
ぐりぐり
ぐりぐり
ぐりぐり
ぐりぐり
ぐりぐりぐり
ぐりぐりぐり……
「あ、ごめん壊れてた」
「え」
マスターはわたしの手からすばやく割り器を奪い、ダッシュで別の割り器を持ってきました。
「今度は大丈夫。ここを、こう」
「あ、はい。ここをこう、ですね」
ぐりぐり
ぐりぐり
ぐ、あ、ホントだ割れた。
「壁に貼られている新聞や雑誌って、ご主人を取材したものですよね」ぐりぐり
「そうですね」
「写真はお店で演奏されているんですか」ぐりぐり
「そういうのもあるし、あとはイベントで演奏したやつだね」
「お願いしたら弾いていただけるものなんですか?」ぐりぐり
「今は駅に置いてあるから、できないんですよ」
「ああ、そうなんですか」ぐりぐり
「これから駅前で演奏するものでね。SLが来るでしょ」
「ああ、SL」ぐりぐり
そうそう。行楽シーズンの週末を中心に、水上駅ではSLみなかみがやってくるのでした。
撮り鉄ではないが、SLはやっぱ撮っちゃう
「せっかくSLに乗ってきて、駅を下りたときに何もないのは寂しいでしょ? 」
「まあ、そうかもしれませんね」ぐりぐり
「だから、到着するときに合わせて演奏しに行っているんですよ」
「なるほど」ぐりぐり
「あ、そろそろだ準備しなくちゃ」
「そうなんですか」ぐりぐり
「ではまた」
「あ、はい」ぐりぐり
ぐりぐり
ぐりぐり
ぐりぐり
… えーと。お店、誰もいなくなっちゃったんですけど、よろしいですか(笑)
テンガロンハット片手にいそいそと出かけていったマスターの笑顔があまりにも愛らしかったものだから、つい手を振って見送ってしまいました。まあ、いっか。思いどおりにいかないのもまた人生。マスターの演奏は次の楽しみということにして、静かにおいしいコーヒーをいただきました。(奥から女性が出てきて、ぶじお金は払えました)
それにしても水上温泉、興味深い町ですねえ。廃れゆくもの、残っていくもの、新しく生まれるもの、水際でいろんなエネルギーがせめぎあっている気がします。もともとこのあたりは谷川岳や尾瀬など観光地が豊富なエリア。星野リゾートなど、再生請負屋として知られる業者の手はまだ入っていないようですが、ひょっとして数年後には大化けするかもしれないなあ。
その頃、あのオイチャンたちはどうしているだろう。
さて、帰りの時間にちょうどSLの便があったので乗ってみることにしました。残念ながらマスターの演奏は終わっていましたが、昔ながらのボックス席に座って、ひととき昭和の旅気分。すると向かいの席に、ひとりの少年がやってきました。
大きなリュックを抱えたメガネ男子くんは、細い体を折り曲げるようにしてわたしの前に座りました。ポオォォーと汽笛が鳴り響いて、出発進行。SLみなかみは走り出してしまえばただの快速電車なわけですが、メガネくんは終始ソワソワ、キョロキョロ。そうかと思えば駅に停車するたびダッシュで下車し、ホームを走り回ってはカメラで激写。 座席にチョコンと座っている彼と、チーターのようにホームを疾走する彼のギャップが、なんともいえず気になってしまい。
「これ食べる? みかん」
差し出したのは、冷凍みかんでありました。出発前にホームで見かけて、あまりの懐かしさに買ってしまった、あのオレンジ色のニクいやつ。
「あ、はい、いいんですか」
「どうぞどうぞ。冷凍みかん、知ってる?」
「あ、いえ」
「昔はね、電車の中でよく食べたんだよ」
「あ、そうなんですか」
メガネくんはおずおずとみかんを受け取り、リュックからハンカチを取り出して、その上にみかんをチョコンと置きました。生まれて初めて食べるであろう冷凍みかんの皮を、不器用な手つきでどうにかむいて、果肉をひとくちほおばるとヒャッと驚いた顔。
「これ、ちょっと冷たすぎだよね」
「あ、はい」
「何年生?」
「あ、中学2年です」
「鉄なの?」
「あ、はい」
「あちこち乗りに行ってるの?」
「あ、はい」
「これからどちらへ?」
「あ、はい、帰ります。親には泊まりがけはダメと言われているので」
滝の裕ちゃんに、射的のオイチャン。白樺のマスターに、メガネの少年。SLの汽笛と、冷凍みかん。そのあいだに立っている、わたし。
問題は何ひとつ解決されてないけれど。不安で心細くて揺れてばかりの毎日だけど。
なんだかうん、いい旅だったから、今日は家に帰るとしましょうか。
****
そんなこんなで、短いながら濃厚な旅を楽しんだわけですが。先日ようやく箱いっぱいの梨をどうにか消費してひと安心というところに帰宅すると
人生はまだまだ厳しいとしみじみ思う、じじょうくみこでありました(ジャムにするか…)
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
※ 9月27日(土)はお休みをいただきます。
okosama
じじょくみさん、こんにちは!
北関東の旅シリーズ
読んでるだけで、心穏やかになりましたわぁ。今回は、くるみ割りの道具や動画タイトルのクネクネがツボ(笑)
梨生活、しばらく続きそうですね。
tamako
鉄なの?で通じる世界なのですね(笑)
向かい合わせた年上の女性に鉄なの?と聞かれ、初めて冷凍みかんを口にする中学生。
鉄道旅のなんたるかも学んだことでしょう。
夏の思い出だけでなく梨も盛りだくさんなのですね(汗) もとい(梨汁)
匿名
なんだか、一緒に旅をさせてもらったみたいな気持ちになりました。
なしと胡桃とコーヒーとみかん。
じじょうくみこ Post author
>>okosamaさま
こんにちわー♪いつもコメントありがとうございます(^^)/
最後までお読みくださりありがとうございました!
ホントだ、タイトルくねくねしてる。ハワイあ〜〜んって感じですね(笑)
梨、まだあります。いりませんか(爆)
じじょうくみこ Post author
>>tamakoさま
こんにちわ〜またまたコメントくださり嬉しいです♪
SLみなかみって普通の路線を走る快速電車なのですが、
やはり載っている人はみなさん鉄分濃厚な印象でした。
特に撮り鉄がすさまじかったです。
メガネくんには撮るだけでなく
冷凍みかんを味わう時間も楽しんでもらいたいですねー(^_^)v
ちなみに梨を毎日毎日食後に食べていたら、なんと痩せました。ビックリ!
梨汁おそるべし!!
じじょうくみこ Post author
>> 匿名さま
コメントありがとうございました〜!!
旅にはいい季節になってきましたね。
ぜひ機会があればリアル北関東を体験してくださいませ(*^_^*)
梨と胡桃とコーヒーとみかん。考えてみれば、なんか絵になる組み合わせですね。
部屋とワイシャツとわたし的な?(違う)
爽子
じじょくみさん、こんにちは!
梨を毎日食べると、やせるの?‼︎←そこかい。
気持ちが穏やかになるいい旅でしたね。懐かしい冷凍みかん♪
汽車の旅というと、網に入ったゆで卵と、あんまり美味しくないけど、蓋がコップになってるお茶も、思い出の一つ。
梨は大好きだけど、送られてくる時期がいっときになるのが難点ですね。
そろそろ来るかな?て時は、冷蔵庫のスペースあけますもの。
ガマンしきれず、買ったタイミングを見計らうように、ドーンと届きますな。追い梨も。笑
痩せるなら、わたし食べる。
…梨の分量だけ食事量が減ってこそ、痩せるのね。当たり前か。ションボリ
マーキョン
久しぶりにお邪魔致します。
私も谷川岳の帰りにSLみなかみに遭遇し、思わず乗り込んだことがあります。
満席に近く、大学生とおぼしき青年二人が座っているボックス席に、主人と同席させてもらいました。
彼等は鉄道話で盛り上がっており、私たち夫婦は邪魔にならないようおとなしくしておりました。するとほどなく、一人が自分が食べていたアーモンドチョコの箱を私に差し出し『食べませんか?』と。現代っ子の突然の申し出にかなり驚きながら有り難く頂戴し心がポッと温かくなったことがあります。
きっと彼も少年だった頃に、じじようくみこさんのような大人に列車内で優しくされた経験があったのかもしれないなぁと、こちらを読みながら思った次第です。
じじょうくみこ Post author
>>爽子さま
こんにちわ〜連休いかがお過ごしですか? コメントありがとうごございます(*^_^*)
そして、いずこも同じですね。。。梨。
梨ってほとんど水分だから満足感ないかなと甘く見ていたんですが
意外と満腹感ありますね。梨ダイエット、いけるか???
お茶はポリでしたか?陶器でしたか?
わたしはポリ茶しか知らないんですが、陶器のお茶は風情があったと聞きました。
試してみたかったなー。ポリはお茶入れると熱いんですよね(笑)
じじょうくみこ Post author
>>マーキョンさま
こんにちわー。お久しぶりです!コメントありがとうございます(^^)/
なんだかキュンとする思い出ですねえ〜。
SLみなかみだけじゃないですが、古いボックス席って向かい側の人との距離がすごく近いんですよね。
それこそ膝と膝があたってしまうくらい。
なので、何かの表紙で会話が始まってしまう雰囲気がある気がします。
私も学生時代、この手のボックス席でおばちゃんに話しかけられたり
お菓子もらったりしたのを思い出しました。
今の車両は快適ではありますけど、交流の機会は少ないので
ちょっとこそが寂しいなあ〜と思ったりします。
そしてメガネ少年がホームを飛び越えて線路に進入するような
撮り鉄にならないことを切に願います(^^;)
きゃらめる
同居してる姑の実家が梨農家で毎年送られてくるせいか、
娘は小さな頃から梨が好物。
なので毎年姑は張り切って、最愛の一粒孫(ひとり息子の一人娘なんで、孫は当然ひとりきり)に梨を送ります。
でも、一人暮らしの大学生に5kgの梨(^^;)
友だち、教授、先輩と配り歩き…
それでも食べても食べても減らない。
最後はコンポートを作って、
ヨーグルトと共に食べきるらしいです。
梨ジャムは喉にいいので、滅菌した瓶で冬場まで保存してみてはいかがですか(^_^)b
じじょうくみこ Post author
>>きゃらめるさま
こんにちわ〜コメント遅くなりましてすみません(^^;)
5kgの梨はなかなかですね・・・うちもそれぐらい送られてくるので娘さんの心中お察しいたします。
お母さまが丹誠込めて作られた梨ですから、さぞかしおいしいだろうなあ〜〜♪
それがわかっているから、よけいに無駄にできませんよねえ〜〜。
わたしはどうも梨を加熱するという発想がなくて、結局最後まで生で食べきりました。
いざなくなってみると、妙にさみしくなってしまうのが梨のまた不思議なところですねー。
すえつむ花ちゃん
じじょくみさま
新記事がアップされてますのに
北関東小さな旅完結編にてコメントおじゃまします。
梨5kg完食されて、ダイエット効果もあって、ヨカッタですね。
梨とクルミと冷凍みかん → 部屋とワイシャツと私
に変換されていましたが、
じじょくみさまのごろ合わせならば
『ジョゼと虎と魚たち』 → 『じじょと鉄と氷みかん』
→ 『ジジョと天ぷらと滝ゆうちゃん』
→ 『じじょとテンガローハットと白樺派』
と楽しく遊んでおりました。(ちなみにジョゼとら映画は未見です。)
東洋のナイアガラ・吹き割れの滝(fall) を観た後は
季節は秋(fall)
水上SLをみたあとは、
駅のホームを滑り出て おうちへ(ホーム)お帰りなさ~い。
お引越し後の事務所はランウェイのようとお聞きしましたが、
列車のホームのようでもありますね。
ホームの先は桃源郷…
梨の次は桃ですか(笑)
じじょうくみこ Post author
>>すえつむ花ちゃんさま
こんにちわー。コメントおかわり、ありがとうございますっ(*^_^*)
とりあえず「じじょと不思議な冒険」と言われなくてよかったです(笑)
ちなみにジョゼ虎はめちゃめちゃいい映画ですよん♪
そして昨日くだもの屋さんで桃をガン見してしまいました(^_^)v
こうまさん
今頃こめんとすみません。
ご結婚までの狂想曲(?)を楽しく拝見していて、
連載がいったん終了となったので、バックナンバーから読ませて頂いております。
『冷凍ミカン』がちょうどうちで話題になってたし!
駅の冷凍ミカン、なんで3つも連なってるんでしょうね?
1個だと買いやすいのにな、といつも思ってました。
私、小学校の給食で夏には冷凍ミカンが出るのがとっても嬉しかったんです
アイスクリーム扱いですよね!
夫は、同じ大阪府民だったのに知らないと言ってます。(8学年も上だからか?)
旅、いいですね。
「会いたい人に逢いに行く」のも、旅の醍醐味だな~と
この旅から感じました。
「面白そうな、実は知らない人」って、いるもんですね!!
じじょうくみこ Post author
>>こうまさま
こんにちは!コメントありがとうございます〜。
バックナンバーをお読みくださり感謝です( ´ ▽ ` )ノ
冷凍みかん、ほんとにバラで売ってほしいですよね!
わたしも一瞬悩みました。持ち帰ってとけちゃうとただのみかんだし!
しかし、こうまさんとこは給食に冷凍みかんが出たんですか?
セレブですね(え?)