手放す快感と俗な後悔。
アナログレコードをほとんど持っていない。
いま持っているのは、ここ数年の間に買ったジャズのLPレコードが数枚だけ。オーディオ好きの有名なカメラマンと知り合いになったときに、話の流れと勢いでレコードプレイヤーを購入したときに一緒に買ったものだ。
これまでにアナログレコードをあまり買わなかったのかというと、そんなことはない。なにしろ今年で52歳。CDが出てきたときには20歳前後だったので、最初の音楽体験はアナログレコードを通したものばかりだった。働き始めてからも、最初の内はCDとアナログレコードが共存していて、慣れ親しんでいたアナログレコードを中心に集めていた時期が長かった。
そんなふうに知らず知らず手元に集まったアナログレコードは200枚くらいだっただろうか。それらはいま僕の手元にはない。30歳になる少し前、湯船に浸かりながらぼんやりしている時に、突如思ったのだった。
「これからは、もうCDの時代だよな」と。
だったら、アナログレコードは処分してしまおう、と思いたちすべてを知人や友人に譲ったのだった。
すべてそろっていたマイルスのアルバムもビートルズのアルバムも、全部人にあげてしまった。
譲ったアルバムの中で、また聴きたいものが出てきたら、CDで買い直せばいい、というバブルを知る世代特有の鷹揚さというか、鼻持ちならなさというか、そういう気持ちで手放したのだった。
いやもう、すっきりした。手元に所有しないという気持ちよさは格別だった。しばらくの間は、その気持ちよさに酔いしれてしまい、いまでいう断捨離ではないけれど、レコードを大量に所有している友人に「捨てなければ、わからないことって、あるんだよな」などとうそぶいていたのである。
しかし、僕のような俗な人間にそんな行為が生き方として定着するわけもなく、しばらくすると、ただの「気の迷いで持っていたアナログレコードを処分してしまった男」になり、すべてが元の木阿弥であった。
アナログレコードのかわりにCDが積み上げられるようになっていくのである。
50年以上も生きてきて、相も変わらずCDと本ばかりが多くなり、しかもそこには、その時々の自分のウロウロと迷ってばかりの思考が色濃く反映されていて情けないやら、おもしろいやら。
できることなら、いまある本もCDもすべてを処分してしまいたいという欲求がないわけではないが、それはそれでこれまで過ごしてきた時間を処分してしまうような錯覚に襲われてしまう。
いまは自分が積み上げてきた本やCDを娘や息子たちが時々つまみ出して、読み始めていたり、聴きながらリズムを取り始めたりしていて、なんとも言えない複雑な気分を味わっている。
どんな具合に複雑なのかというと、「こんな古いものを読んだり聴いたりしていて役に立つのか」という老婆心と、「過去にこそ未来への布石があるのだ」という胡散臭い気持ちと、もう一つ、「僕自身がもっと早く、もっと新しいものを見つけたり、作り出したりしてやるぜ」という気持ちが絡み合っているという感じの複雑さなのである。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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nao
私が、ぜーんぶ捨ててしまいたくなるのは
「裸でも生きる!」と高揚した気分になる時です。
それはいい買い物した時の気分と似た感じで
裏表になっているかもです。
今音楽はituneとかで買えるけど、やっぱりCD買っちゃいますね。
ジャケットが素敵な時と歌詞カードの字が小さくて読みにくくなった時は
レコードが良かったなーと思います(大きさ的に)
uematsu Post author
nao さん
そうです。
なんだか高揚した気分です。
全部捨ててしまっても大丈夫だという前向きな気持ちのときに、捨てたい病が出て来る気がします。
ジャスミン
処分しては買い また処分しては買うってことを
3回ぐらい繰り返してるアーティストが数名います
毎回 「おなかいっぱい もぉ聴かない」って
思うのですが 数年するとまた聴きたくなる。
環境がガラリと変わって生まれ変わったような気分になると
思い出の曲は必要なくなるけど
時が過ぎて昔が懐かしくなると 当時を思い出す曲が
恋しくなってまた聴きたくなります
後ろ向きだったり、成長して無いように感じてしまいます(>_<)
uematsu Post author
ジャスミンさん
人って、同じものを好きになって、
また、同じ理由で嫌いになって、
そしてまた、同じ理由で好きになる。
そんなことを繰り返している気がします。
まあ、懲りずに何度も同じタイプの
異性に惚れてしまう人も多いですしね(笑)