山の仕事、その5。
あわや車ごと山から転落寸前の巻(後半) (前半はこちらへ)
というわけで、山の麓まで降りてきた僕は親をだまして手に入れた日産バイオレットという古い4ドアクーペに乗り込んで、エンジンをかけ、いつも通りにアクセルをふかしてみた。動かない。
当時まだ車を運転し始めて1年ほどしか経っていなかったので、なぜ動かないのかが分からないまま、僕は何度かアクセルを踏み込んでみたり、一度エンジンを切って、もう一度最初からアクセルを踏むまでの手順を繰り返してみたり。そうこうしているうちに、「ああ、これは映画で見たことのある奴だ」と気付いたのだ。
車を降りて、後ろのタイヤを見ると案の定、映画で見たことのある状態になっていた。駆動する車輪が泥に埋まっていて、空回りしていたのだ。いつも車を停めていた場所はいわゆる粘土質の土がむき出しの場所で、そこに雪が積もることによって、泥状になっていたのである。
でも、そこは当時から映画好きだったので、機転が利く。「映画で見たことのある状態になっているのだから、映画で見たように脱出できる」と僕は思ったのである。最初にやったのは、トランクになぜか積んであった毛布を泥とタイヤの間に挟んで接地面をつくる、という作戦だ。
ちなみに、当時乗っていた車は、というか、当時のほとんどの車はFR車で、エンジンはフロントにあり、そこから動力を伝えられて回るタイヤは後輪という仕組みだった。なので、後ろのタイヤの下に毛布を挟んで、僕はまたアクセルをふかしてみた。動かない。降りてみてみると、タイヤと地面の間がさっきよりも開いている。これじゃあ、前に動くわけがない。
しばらくの間、僕はぼんやりと状況を考えて見た。なんなら、このまま車を放置して、県道まで出て、バスで帰る、という手もある。車は後日地面が乾いたころに取りに来ればいいのではないか、と。しかし、よくよく考えると、明日映画の撮影があることに気がついた。しかも、僕の車の中から撮影するというカットがあった。これはどうしても、今日、車で帰る必要がある。
僕は車に乗り込むと、これまた以前映画で見た方法を試みた。それは、運転席でビョンビョン飛び跳ねながら車を揺すり、アクセルをふかす、という方法だった。
僕が運転席で体を揺すると、車は前後に大きく揺れた。そこで、アクセルをふかすと一瞬、車が前に動いた。しかし、そこからまた車が後ろに移動する。元の木阿弥。しかし、映画ではこれを繰り返すことで、車が前の一山を越えて、グイッと走り出すのだ。アメリカ映画の若いヤツらにできて、僕にできないことはないはずだ。
僕はまた車を揺すりながらアクセルをふかしてみた、ほんの少し車が前に動いた。やった!これを繰り返せばいい。そう思った僕は何度かそれを繰り返し、ほんの数センチずつ、車を前に移動させた。しかし、ある程度まで動かすと車はまた動かなくなった。
マニュアル車だったので、僕はローにギアを入れていたのだが、いったんバックに入れてアクセルを踏んでみた。すると車は後ろにいったん下がり、逆に勢いで前に進んだ。これだ。この方法だ。と僕は車を前後に揺すりつつ前に進む、という方法に熱中した。
しかし、僕は熱中しすぎていたのだろう。そして、山の景色はどこまでも遠く、自分がどのような状態にいるのかが把握しにくかったのだろう。僕が何度も前後揺すりドライビングを試みていた時、突如、大型トラックがクラクションを鳴らしながら停まった。
「おいっ!」
「お~い!」
トラックから降りてきた年配の運転手と、若い助手らしき人が僕のほうに大声で呼びかけている。その時に、妙な感覚を僕は味わったのだ。なぜって、その運転手と助手が、真っ直ぐに立っていないのだ。どう見たって、斜めに突っ立っている。そして、斜めのまま、僕に近づいてくるのだ。
最初、僕は混乱して、この人たちは何かを勘違いして僕を叱りにきたのだと思った。立ち入り禁止場所に、僕が知らずに入っていると思い込んだオッサンが「何をしてるんだ!」と怒鳴りに来たんだと。と、思っていると、年配の運転手が言う。
「何をしてるんだ!」
僕は誤解を解こうと思い、その人に運転席から返した。
「いや、ちがうんです。僕はちゃんと許可を受けて、ここに来ていまして」
僕がそう返事をしていると、運転手は激しく手を振りながら言う。
「違う、違う。そんなんどうでもええねん。兄ちゃん、死ぬぞ」
ええっ!死ぬってなんだよ。どういうこと。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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匿名
山の仕事シリーズとっても面白いです!
今回なんて、最後の「長くなったので続きはまた来週」に、えー来週ー⁉︎となっちゃいました。
来週も楽しみにしています♫
uematsu Post author
匿名さん
楽しんでいただけて何よりです。
えっと、とりあえず、来週には終わります。はい。たぶん(笑)。
はしーば
くぅぅーーっ❗️やられたぁ。
今週もつづく…
もうほんとに、創作でもいい、続いてほしい。
uematsu Post author
はしーばさん
いや、ほんとに引っ張ってるわけじゃなくて、
書いてて、長いな〜って。
そんでもって、これ、創作じゃないですから(笑)。
きゃらめる
また続きは「待て」ですかあ?
ああん☆
uematsu Post author
きゃらめるさん
すみません。
ほんとに、もったいつけてる訳じゃないんですが、なんだか長くなってしまって。
次回、ちゃんと終わります。ほんと。
マレ
あっワタシ今、日産バイオレットに乗って前後に揺れてた。ハンドルきつく握ってました。三半規管揺れるほど疑似体験。
次々襲いかかる災難!今度はぬかるみの世界ですかー!なんかヤバい事なってますよ!
ツービーコンテニュー(^^;;
uematsu Post author
マレさん
すみません、なんだか(笑)。
僕もあと時の感覚はすぐに思い出せます。はい。
Jane
山の仕事、道の仕事、続く幾つかの私が読んでいなかったお話があり、とても面白かったです。時々昔の記事に焦点が当てられると、私みたいに読み逃していた人には有難いです。ほかの寄稿者の方の記事もそうですが、何年も前の記事って今書かれているものとは違ったテイストがありますよね。それぞれの人の変化を表すようで、それもまた面白し。
uematsu Post author
Janeさん
この頃は、何を書けば良いかなあと思いつつ書いてましたね。
仕事シリーズにすれば、ネタに悩むこともないし。
という感じでした。