道の仕事。その1
山の仕事はそれなりにお金になったのだけれど、このまま続けているともしかしたら死ぬかもしれない。そう思った僕は当時メインの仕事であった専門学校の非常勤の講師だけの日々に戻った。
しかし、毎日のように会うのだ。そう、山の仕事を僕に紹介してくれた女衒のようなオッサンに毎日のように会うのである。どこで会うのかというと、学校の裏手にあった喫茶堂島という喫茶店だ。
喫茶堂島は、酒飲みのマスターとしっかり者のママが切り盛りしている小さな喫茶店。僕たちは授業と授業の合間の休憩時間は、毎日のようにここでコーヒーを飲んでいた。日によっては、一日に二度も三度も行くことがあって、学生との打ち合わせや時には授業もこの喫茶店で行うということさえあった。まあ、ようするに入り浸っていたわけである。
が、女衒のようなオッサンが働く大阪ガス関連の会社もこの喫茶店の近くにあるのだった。だから、オッサンも毎日のようにここにやってくる。しかし、当時から、オッサンの仕事は中抜きがひどい、という噂があり、どうやらオッサンは僕が仕事を辞めた理由をそれがばれたのだと思っていたようだ。
なので、最初はなかなか僕に声をかけて来なかったのだが、山の仕事を辞めてから1ヵ月ほどしたころ、ママにメモを預けてきたのである。
「ほら、●●さん(女衒のおっさん)から言付かったわよ」とメモを僕に渡すママ。言付かったも何も、オッサン、いま店の中におるやないかっ!とオッサンを振り返ると、オッサンが僕に向かって親指と人差し指を輪っかにして、口元で声に出さずに「グッ!」と言っている。何がグッ!だよ。とメモを見ると、「久しぶりに仕事をしないかい?」と書いてあった。
久しぶりもくそも、まだ1ヵ月しか経っていない。それに、なぜ、「しないかい?」と標準語の話し言葉なのかがわからない。オッサンはええかっこしいなのか。まあ、ええかっこしいなのだろう。妙なリーゼントのような形のパーマをかけていたくらいだから。
しかし、オッサンが声をかけてくるタイミングは絶妙だった。山の仕事から1ヵ月。ちょうど冬休みにかかる時期で、専門学校の仕事は、前期後期の合間の休み、そして、これからやってくる冬休みの長期休暇で、ガクンと収入が減る。しかも、山の仕事で少し潤った分も、自主映画を撮影したことで、ほとんど残っていなかったのだ。
くそっ!オッサンはなんだか気にくわないし、中抜きがひどいという噂も知っていたから、やりたくはないんだが、背に腹は代えられない。どうせ、専門学校の非常勤講師だけじゃ今も昔も食ってはいけないのだ。
僕は少し離れた席でニヤニヤ笑っている女衒のオッサンのところへ行き、向かいの席に座った。
「お久しぶりです」
「久しぶりやねえ。どう、調子は」
「いやまあ、相変わらずです」
「久しぶりに仕事してみない?」
「もう、山の中の仕事はちょっと」
「ううん、今度はそんな大自然の中とちゃうねん」
「ほんまですか?前もハイキングみたいな仕事やいうてたんですよ。そしたら、山の中のサバイバルみたいな仕事やったやないですか」
「わっはっはっはっ。ほんまごめんなあ。あんなきつい仕事やとは思わへんかったんよ。ごめんごめん。今日のコーヒー代はおごるから」
「いやまあ、コーヒーおごってくれるんですか」
「うん。おごるおごる」
「で、今度の仕事は山の中じゃないんですね」
「うん、違うねん。大都会」
「大都会?」
「いや、ちゃうなあ。大都会でもない」
「どっちなんですか」
「大阪の堺市なんやけどね」
「堺の山の中ですか」
「いや、堺の市街地」
「ほう」
「市街地の道路」
「道路?」
「うん。ぶっとい国道があってな。ここを走る車の交通量調査をするんや」
「交通量調査なんてやったことないですよ」
「簡単簡単。車の中に座って、車が通る度にカウンターをカチャカチャやったらええねん。な、簡単そうやろ」
「簡単そうには聞こえますけど。いつですか」
「今日の晩、いける?」
「今日の晩、これからですか?」
「そうそう。夕方なったら堺に行って、向こうで待ってるバンに乗って、カチャカチャやってくれたらええねん。それで日給2万円」
「2,2,2万円!」
こうして、僕は再び女衒のようなオッサンの仕事に手を染めることになったのです。
(つづく)
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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はしーば
女衒のオッサン、のっけから期待を裏切らない胡散臭さぷんぷん!
「植松青年物語」長編&シリーズ化、キボンヌ( ̄+ー ̄)
okosama
オッケーサインで「ぐっ!」て、桂三枝さん(現 桂文枝師匠)のアレですか(笑)
「喫茶堂島」での怪しげな交渉。こりゃ楽しみでんな〜(笑)。
uematsu Post author
はしーばさん
いやまあ、長期化したいのは山々なんですが、
さすがに、女衒のおっさんとずっと付き合っていたら、
今の僕はないわけで(笑)。
ま、適度なところで終わると思います。
uematsu Post author
okosamaさん
そうです、三枝さん(現・桂文枝師匠)のあれです。
喫茶堂島の話は、酒飲みのマスターの話だけで、
意外に10週くらい続けられるんだけどな。