ぐっすりと寝た。といっても3時間ほど。もっと寝ても良かったのに、勤勉な僕はたった3時間で目が覚めてしまう。しばらく、サボってもよさそうなものなのに、根が真面目なもので、そのまま起き上がり、国道沿いの弁当屋へ行き、トイレを借りて、顔を洗う。ついでにおにぎりを買い頬張る。
交通量調査をしている車を苦々しく眺めながら、「そろそろ、交代しなきゃ」と近づいていく。寝ていた車には、3時間ずっと僕しかいなかったので、きっとあの車には女衒2号とシンナーくんが仲良く並んでいるはずだ。どちらかかがカウントし、どちらかが寝ている。そんな図を思い浮かべていた。
と、と、ところが…。
近づきつつ、目をこらすのだが、どう見たって人が一人しかいない。髪型の具合からみて、それはシンナーくんだった。シンナーくんが一人で眠そうな顔でカウントしている。
「お疲れさまです」と僕が声をかける。
「おつかれさ~ん」とシンナーくんは人なつっこく笑う。
「あれ?一人ですか」
「うん」
「うんって。何で一人なんですか?」
「帰ったよ」
「帰った!!」
僕は愕然とした、まだ24時間経過していない。48時間の半分も経過していないのに、すでに僕たちは寝不足と寸断された睡眠でぼろぼろだ。それなのに、たった3人のうち、1人が帰った!!??
「帰ったって、戻ってくるんですよね」
「えっと、今回は戻ってけえへんよ」
「そしたら、どうするんですか?」
「2人でなんとかなるんちゃう?」
ええええっ~!!
なんとかなるだろうか。なんとかなるんだろうか。なんとかなるのか?
いや、無理無理無理無理!
人なつっこい笑顔だけれど、歯の溶けたシンナーくんと2人であと30時間ほども交代交代で寝たり起きたりしながら、交通量調査を続けるなんて絶対に無理。なにしろ、シンナーくんはまだ酒臭い息を振りまいているし、手元においてあるビニール袋には、封を切っていないワンカップ大関が4本ほど入っている。飲む気が満々ということは、寝る気満々のはずだ。こんな奴がちゃんと交代してくれるわけがない。
「なあ、そろそろ交代してくれる?」
シンナーくんの声を聞いて、呆然としていた僕は我に返る。そして、「ちょっとまってて!」と言い置いて、公衆電話へと走る。そして、女衒1号に電話をかけたのであった。
「もしもし、植松ですが!」
「おおっ!ひさしぶり。バイト、どう?」
「どうもなにも、○○さんがいないんです」
「あ、そうやろな。いま、目の前におるもん」
「おるもんって、2人じゃ無理ですよ、あと30時間ほどあるのに」
「そうかあ。普通、2人くらいでやるんやけどなあ」
「だって、ワンカップ持って、寝る気満々なんですよ!」
「そうか、それはあかんなあ」
「あかんなあって、ど、ど、どうすればいいんですか」
「……」
「……」
「よっしゃ、わかった」
「わかったって、どうするんですか」
「わしが行ったろ」
「えっ?」
「わしが今から行くわ」
「来るんですか?」
「うん。わし、その現場から家近いねん」
というわけで、女衒2号失踪の穴埋めを女衒1号がやることになったのであった。しかし、女衒1号は女衒2号以上に、こういうマメな仕事に向いているとは思えない。いや、正直、これほど大雑把そうに見える人にあったことがない。そんな人が、車両を見分けながら、カウンターをカチカチとやるなんて、まったく現実味がなかった。
僕は女衒2号がいなくなったショックを上回るショックを受けながら、そして、自分がした行為がより状況を悪化させたのではないだろうか、ということに愕然としながら、電話ボックスを出て、とぼとぼとシンナーくんの待つ車へと歩き始めたのだった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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