ゾロメ日記㊶ 出会いと別れ、忘却と復活の年度末劇場
★主な登場人物★
義父・・・真面目で几帳面な90代 視力障害あり 要介護2
義母・・・ガサツで楽天的な80代 歩行障害あり 要介護1
夫・・・・両親の気質をまんべんなく受け継いだ50代 ガテン系自営業 活字中毒気味
次兄・・・バカ
私・・・・要介護者の嫁 活字中毒者の配偶者 バカの妹
マロ・・・最強の雑種犬 1997~2011
ミイ・・・最愛の三毛猫 マロの生まれ変わり!? 2014~
イス・・・座るモノだが他の使い道もあり
◆3月26日
義父は子煩悩だ。口数は少ないし、連れ合いには高飛車なところもあるが(大正生まれだからしょうがないのかもしれないけれど、そこは好きじゃない)、子どもにはとても優しい。夫は子どもの頃、父親によく野球場やプラネタリウムや映画に連れて行ってもらったらしいし、雪の朝は、父作成の雪玉を首からパジャマに入れられる形式で起こされたらしい。・・なんて微笑ましいんだ!私は、父親とのそんな思い出は1個もないぞ。
夫、及び夫の姉、が子ども時代にどのように父親から可愛がられたかは見逃したが(あたりまえだ!)、夫の姉の子ふたり(孫)に対するそれは、長年つぶさに観察して暮らしてきた。中学生になるまでは、日曜日の朝、義父は必ずふたりに電話していたっけ。階下から聞こえる「はい、おじいちゃんですよ」の声で目が覚めることがよくあった。あの頃のおじいちゃんは、日曜日の朝の電話を楽しみに一週間を暮らしていたのかもしれない。
だから今日、義父との散歩中に私がふたりの名前を出した際、義父が「それは・・誰だっけ」と言ったときは足が止まった。「昼ごはんを食べていない」と言われたときの百倍ぐらいの衝撃だった。ついにその日が来てしまったのか、と。
視力がほとんどないのは不利だ。写真で確認すれば、実際に顔を見ることができれば、ずいぶん状況は違うのではないか。
もしかしたら、数日後には忘れたことを忘れて、難なく思い出せるのかもしれない。でも、今日のことをふたりには言えない。言わない。
◆3月28日
久しぶりに仕事の研修に参加。都心のわりにはあまりなじみのない駅で下りる。地上に出るまでの階段がやたら長い。バリアノーフリー!?
早く着いたので、聞いたことがない名前の(失礼!)チェーン店でコーヒーを飲む。席からぼんやりカウンターを見ていると、入店してきた常連とおぼしき老婦人が、若い女性店員さんに「いつもお世話になってるから」となにかを進呈していた。店員さんは戸惑い、奥の厨房から年嵩の男性を呼び、こぞって固辞しようとするが、人生の先輩は譲らない。結局、受け取る(たぶん)店長。
マニュアルにはない事態になったとたん、お店の人が、お店が、無機物から有機物に変わった気がした。人は最初から有機物だったのに。お店は以前として無機物なのに。
コーヒーの効用を期待したが、来年度の申し送り中心の研修は眠さとの闘いだった。花粉症の薬のせいだ。昨夜、遅くまで翻訳ミステリーを読んでいたせいもある。だって面白いんだもん。夫のことは言えない。
夜、義父がけっこうハイテンションだったので、期待して孫の名前を言ってみるが思い出せないとのこと。残念!
◆3月29日
今年度最後の出勤。
春休みの学校って独特だ。卒業式という祭りのあとのまったりさと淋しさがあるかと思えば、まもなく新入生を迎え入れる華やぎもあり、先生の中には異動する人もいるので職員室は浮き足立っていたりもする。でも全体的には「一区切りついたー」という開放感が支配している。そしてお約束の、至る所でのワックスがけ。トイレ、階段、特別教室、そこここが立ち入り禁止だった。でも最近のワックスは臭くないのであった。
午後からは黙々と大がかりな書架整理をする。本を移動する際、私はよくキャスター付きのイスを使う。ブックトラックや台車では小回りが利かない場所にもイスはスルスル入るし(重役イスや人間椅子は不可)、背もたれのおかげで意外と安定した状態で本を運べるのである。
とても便利な本運搬ツール(?)だと思うのに、イスで本を運んでいると笑われる。そこまでラクしたいのか、みたいな。したいのである。
◆3月30日
このところ、愚兄のことで手を焼いている。感情的になり「死ねばいいのに」とすら思う。私は器が小さいのだ。
義父は相変わらず孫のことが思い出せないようだ。昨夜、ぽつんと口にした「いろんなことが遠くなるんだよ」の切実さにグッと来る。
そんななか、食事中に義父が突然スプーンを持つ手をとめて「あー」と声をあげた。何事かと思ったら、「ああ、Aね、Yね、思い出した!」と言う。孫のことだ。この数日、ずっと考えていたらしい。
その後、断片的ながら、次々とふたりとの日々を語り出す義父。それはときどき「ん?」と思う内容だったりするけれど、「Yにはちっちゃいのがいるね」と曾孫のことを口にしたり、愛犬マロを連れてみんな散歩したことを克明に描写し出して、ホッとする。
しかし、さすがマロは最高で最強。義父、マロのことははっきり覚えているってよ。
◆最近読んでた本
『ありふれた祈り』 ウイリアム・ケルト・クルーガー著
ミステリであり、家族小説であり、少年の成長物語であり、絶望と再生の話。前半は、若干かったるく感じたが、中盤からぐいぐい引き込まれ、後半は一気に読んだ。よかった。特に主人公フランクの弟ジェイクが秀逸だ。
テイストは違うが、大好きなマキャモンの『少年時代』を思い出した。最近読んだ海外ミステリではいちばん好きかも。
by月亭つまみ
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」