<第1回> 「人生フルーツ」を見て。
夫婦っておもしろいなあと思います。仲のいい夫婦も、仲がいいとはいえない夫婦も、よく見るとどこか歪んでいて独特です。仲睦まじくとも、角突き合わせていようとも、好むと好まざるとにかかわらず、互いが互いから影響を受けていて「ふたりだけに通じる情緒の交換」をしています。
「人生フルーツ」を見たときも、そのことを思いました。おふたりの暮らしと颯爽とした老いのすばらしさに感動したのはもちろんです。もちろんですが、でも、やっぱりちょっと変だな、おもしろいなとも感じました。
たとえば、「お孫さんが求めているのは、そういうものじゃないんじゃないか?」と言ってあげたくなるような本気すぎるドールハウス、撮影スタッフにふるまったことを考慮に入れても大きな、大きな取り分けサイズのプリン、準備と片付けに異様に体力を使いそうで見ているだけで疲労感を覚える餅つき(その後、「ふたりからひとり」を読んで、お二人の間でも「やめようか」「いや、死ぬまで続けよう」という会話があったことがわかりました)、多種多様な収穫物とその配布先の多さ…どれも夫婦で作り上げた(傍からみると「そこまでしなくていいでしょう」と言いたくなるような)「余剰の迫力」です。
おふたりにとっての「丁寧」が、いわゆる「丁寧な暮らし」といわれるものにしばしば漂いがちなスノビズムとは一線を画し、愛くるしく、若々しく、美しく、切実で胸に迫るのも、この「余剰」ゆえではないかと後になって思いました。これ以上だとおふたりをもってしても手に負えなくなる、これ以下だと独自性が成り立たない量感。それゆえのかいがいしさ。かいがいしく動きつづけることで営まれる生産(創造)と維持と工夫と消費のサイクル。継承を祈って種をまき、育てる生活。
おふたりは、どんな「情緒の交換」をしていたのでしょうか。英子さんが、亡くなった修一さんの額をなでさすり「わたし、がんばりますからね。待っていてくださいね」と今後の決意を語る美しく印象的な場面。あの抱きしめてかばうように「撫でさする」という親密な行為に夫婦のエロスを感じたし、「遺志を継承し、あの世での再会を誓う」という決然とした声色に分かちがたい同志としての絆を感じました。
たしか英子さんは、修一さんの髪の毛をカットしていましたが、「富士日記」には、武田百合子氏が夫・武田泰淳氏の髪を洗ったり、からだを拭いたりとまめに撫でさする(ケアする)様子が書き留められていました。この、「なでさするという湿り気を帯びた親密さ」と「カラリとした同志的な結びつき」の双方があるとき夫婦は独自の創造性を発揮するように思います。
夫婦って何なのでしょう。離婚しなければ、どちらかが死ぬまでいっしょにいるふたり。人間である限り、必ず迎える死による別れをどのように迎えたら後悔がないのでしょう。
わたしは、ブログを書きはじめて7年ほどになりますが、最初のうちは「夫にこんなことを言ってやった!」とか「こんなふうに(自分が)暴れた!」と書くことがありました。夫をはじめ家族に対してだけ横暴であることを面白おかしく書くと、同性にはそれなりに受けるという感触がありましたが、あるときから違和感を覚えて書かなくなりました。これもDV(ドメスティックバイオレンス)表現のひとつだと感じるようになったからです。夫のそれを認めないなら、自分のそれも認めちゃいけない。男女を問わず過度な内弁慶は、ドメスティックバイオレンスと同義です。
愚痴でもなく、悪口でもなく、内弁慶自慢でもなく、世間に合わせた夫婦像を表面的にやりとりしてあきらめの笑いを共有するのでなく、洗ったばかりの手で触れるように夫婦について考えたり、だれかと語りあってみたいと思いました。「来世もいっしょにいたい男性は6割なのに対して女性は3割!」「離婚でなく卒婚の時代!」などとメディアを賑わせる相互不理解を自明のこととした「熟年夫婦像」にも距離をとりたいと思いました。
理想どおりにいかず、むしろ、理想から乖離することの多い夫婦という関係。お互いの非力さや弱さ、頼りなさに向きあわざるを得ない夫婦という関係。多くの場合、長期にわたるこの関係には、もしかしたら何らかのレッスンが必要なのかもしれません。そんな思いから、<夫婦というレッスン>というタイトルをつけてみました。
わたしより先に「人生フルーツ」を見て、その感動を伝えてくださったYUKKEさんとあきらさんにメールを書いてみました。行く先や結論ありきの連載ではありません。どこへ行くのか、ほかの人はどんなことを考えているのか興味のままに質問をしてみた。そんなやりとりです。いっしょに考えながら読んでもらえたらうれしいです。
★その後、プリンを作ってみました。パウンドケーキ型で作ったら、あっという間になくなったので「大きすぎる」わけではないことがわかりました。プリンは大きいというだけで幸せだということもわかりました。
★武田百合子について月亭つまみさんが書いた文章もどうぞ。とても好きな文章です。