【月刊★切実本屋】VOL.4 脊髄反射的やりとり と 茄子の輝き
ジャズをやっている夫の、師匠ともいうべき御大ピアニストのライブに行ってきました。夜、心おきなく外出できたのは、2月に義父が亡くなり、義母は現在入院中という、わが家にとっては喜ばしくない状況の産物だったわけですが、新鮮な気持ちと開放感は抑えがたく、思わずTwitterでこんなtweetをしました。
お知り合いのジャズライブに行ってきた。ひっさびさ、本当にひっさびさの夜遊び。ハナキン(死語?)の遅い電車の満員の乗客に紛れ込み「ずっと自分が乗らなかった時間帯は常にこんなに盛況であったのか」としみじみした。ライブもすごく良かった。ああ、これぞリフレッシュ。(後略)
すると、Cometさん から反応が。
私も先月同じようなシチュエーションで同じように感じた。んで自分が死んだあとも世の中は変わらず続いて行くのだとしみじみした。
あー、さすがCometさん、わかってるなあ。
ああ、そうだね。自分がいないところでも世界は回っているのだというあたりまえの事実にあらためて思い至ると、しみじみして、ちょっと寂しくて、でもどこか安心もするよねえ。
うんうん、そうそう、安心する。会社帰りのS駅乗り換えで、若者の夏満喫するぜエネルギーが溢れかえってる隅っこを歩くとき、鬱陶しいけどちょっと幸せな気持ちになる。
あー、わかるぅ!夏はことさら、だよね。やっぱり、若さと夏はしっくりするね。中高年はそれを愛おしく見て安心する、と。戻りたいと思わないことと、愛おしさは両立するんだよねえ。
まーさーしーく(後略)。
楽しいやりとりでした。
こういう、脊髄反射的な言葉のキャッチボールって、案外、核心や真理がつるんと出てくるような気がします。同時に、瞬発力重視ゆえに、あとになって、言い足らなさというか、もうちょっと先もあったかも、と思うこともあります。
このやりとりの直後に読み始めたのが、滝口悠生の『茄子の輝き』という小説です。7編が収録された短編集で、うち6編は連作短編です。
連作の語り手である市瀬は、伊知子という女性と2006年に結婚し、2008年に離婚します。そして同じ年に高田馬場のカルタ企画(かるたの会社ではない)という会社に就職しますが、3年後の2011年3月に地震があり、その影響もあって会社は経営難に陥り、転職を余儀なくされます。
この連作は全編が、市瀬の元妻に対する気持ちがモチーフ、と言っていいと思います。とはいっても、未練とか執着とかでは必ずしもなく、いや、ある意味、執着には違いないのでしょうが、彼は元妻の顔がアルバムの写真のものしか浮かばなくなっているし、ふたりの日々もそこで発せられた言葉も、日記経由でしか出てきません。伊知子のその後の生活に特に彼が興味を持つこともありません。
その、一見矛盾しているような、いや、人って案外そんなあいまいな中を漂っている感じかもと思うような日々が、時制や状況を交錯させながら、最小限の改行でだらだらと(!)綴られています。その1編め、新婚旅行で出雲に貧乏旅行をしたふたりの回想シーン(?)で、伊知子はこんな言葉を口にします。
日本列島があって、一億五千万人も人が住んでるなんてさ、実は全然イメージできないんだけど、そりゃそうだよね、自分もそのうちのひとりなんだから。でもこうやってふだん自分の生活と関係ない場所に来て、そこで毎日生活してる人とか、そこに毎日ある景色とか見るとあれよね。
あれってなんだ。
すごいわよね。情報量が。
自分が死んでも世界は大丈夫っていう気持ちになるんだよね、と妻は言った。大丈夫っていうか、自分がいなくても世界は動くっていうのを目撃した感じ。
ハッとしました。Cometさんとのやりとりのシンクロニシティじゃないか!と。
私は思わず本を閉じ、美しい茄子紺が印象的な表紙をしげしげと眺め、そしてもう一度ハッとしました。Cometさんとのやりとりで自分が言い足りなかったこと、その先にあると思われたものは、まさに文中の「自分がいなくても世界は動くっていうのを目撃した感じ」の「目撃」だと気づいたからです。
自分がいなくても世界は動いている、と思うことはわりとありますが、それを目撃したような気分になったことが今回の特徴でした。そして、それによって得た安心感とか幸福感、そして寂しさは、なぜか自分のこれからのちょっとしたよりどころになるような気がしたのでした。
市瀬も、元妻の離婚後の人生に自分がいないことを目撃したくて、彼女のことをいつまでもだらだらと(「だらだら」って2回言った!)考え続けてる?違うかな。でもそう思うと、妙に腑に落ちる気がします。
ちょっと風変わりですが、嘘くさい言葉がまったくない、自分の使われていない感情を掘り起こされるようなおもしろい小説でした。以前読んだ青木淳悟の『学校の近くの家』をちょっと思い出しました。
by月亭つまみ
第1木曜日 まゆぽさんの【あの頃アーカイブ】
第2木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 月刊 切実本屋】
第3木曜日 はらぷさんの【なんかすごい。】
第4、5木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 ゾロメ日記】
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」