マロンが僕を追い越した。
家で飼ってる猫の名前はマロンという。アメリカンショートヘアなのに栗色をしているのでマロンと名前を付けられた。子どもたちがどうしても飼いたいといい飼い始めてから12年が経った。この前、「マロン、お前は人間の歳で言うと、僕とおんなじくらいらしいぞ」とか言っていたのに、もうマロンは人間で言うと64歳らしい。
知らない間に、マロンは僕の歳を一回りも追い越していたのだった。
そう思うと、くしゃみをしただけで「大丈夫か?」と思ってしまうし、くつろいでいるときに腹の上に乗っかってきても「仲良くしような」という気持ちになってしまう。それは、マロンという猫を飼っているというよりも、一緒に歳を重ねてきたなあ、という気持ちに近いと思う。
そうか、マロン。お前はもう64歳のおっさんなのか。いやまあ、わかってはいたはずなんだが、いざ自分の歳を追い越していたのか、と思うと驚いたよ。
そういえば、最近のマロンは昔のように「ニャー!」となけなくなった。なんだかちょっと掠れ越えで「フギャー!」となく最近のマロンを見て、僕たち家族は笑いながら「なんだよ、その声。お腹が減ってなきすぎたのか」とからかっていたのだが、そうか、歳をとっていたんだなあ。
さっき、ソファーにひっくり返ってテレビを見ていたら、マロンがやってきた。僕のお腹の上で前足を踏み踏みして、今度はグデンと腹ばいになる。僕のあごの下あたりに、マロンの頭があり、頭をなでてやると、目を閉じて眠ってしまう。
あと、どれだけ一緒にいられるんだろうなあ、なんてしんみり思っていると、急に涙が出てきた。
あのな、お前に言ってもしゃあないけれどもね。おれもいろいろあるんだよ。浮いたり沈んだり、楽しんだり儚んだり、笑ったり…まあそう簡単には泣かないけどな。
お前は気楽でいいなあ、なんて思ったりもするけれども、猫として生まれてきて、ずっと人間の家で言葉も通じないのに、通じたふうな感じで一緒に暮らすって言うのは、どんな感じなんだろうな。
悲しいとか、そう言うのとは違う。なんだか、愛おしいなあという気持ちと、いろいろ思ったようにはならない苛立ちのようなものがないまぜになったような気持ちだ。
また、マロンがやってきた。こいつは、アメリカンショートヘアにしては妙に人なつっこいとよく言われるのだが、まるで犬のようだと思うことがある。
猫じゃらしのようなオモチャを自分でくわえてやってきて、僕の目の前において、遊んでくれというふうにニャっとなく。そして、しばらく遊んでやると急に飽きていなくなる。そうなるとこっちが、おいおい、お前が遊んでくれって言ったんじゃないか、と名残惜しくなってしまうのだ。
そういえば、さすがにそれも最近しなくなったなあ。気がついたときにはお前、老けてたのかよ。
いかん、なんか台風の夜の風がビュービュー吹くなかで、妙にしんみりしてきたじゃねえか。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
プリ子
今頃コメントしてすみません、
うちの猫は18~19歳で、人間で言うなら90歳ぐらいだそうです。
自分どころか、親の年も追い抜いちゃいました。
なのに(というか、だからこそ?)、
自分が庇護してあげなきゃいけないのが、
なんだか不思議な気分です。
それに、年とって甘えん坊になってきて、
前は膝に乗らなかったのに、今は隙あらば乗ってきます。
おもちゃ遊びは前ほどしなくなりましたねえ。
うれしいような、さみしいような。
uematsu Post author
ブリ子さん
歳とって甘えるのは人間も同じですよね。
凛と生きたいんだけどなあ(笑)