【月刊★切実本屋】VOL.17 叫喚はあるが、共感はない…けど読んでよかった
ある朝、突然「海外の小説、それもミステリーじゃないものが読みたい!」という衝動に駆られました。
前世紀末、ミステリー小説ばかり読んでいた時期がありました。その頃は、宝島社の「このミステリーがすごい」を購入し、洋の東西を問わず、ランキングされた本をかたっぱしから図書館で借りていました。でも、もともと、自分はとりたてて「翻訳小説好き」というわけではなかったらしく、21世紀に入って読書傾向がミステリー中心でなくなってからは、翻訳小説を読む量は激減したのでした。
そんななかの突然の衝動。理由はきっと現実逃避です。
いや、必ずしも「現実から逃げたい。目を背けたい」と思っているわけではありません(ときどき思うけど)。
不愉快なこと、ままならないことに辟易することが多い日々ですが、自分が生きる場所は現実しかないわけだし、だったら、現実という日常のド真ん中を、目を開けて歩こうじゃないの、みっともなくても、思っています。
ただ、常時、現実を直視し続けるのは疲れるので、ド真ん中を歩く基本姿勢はそのままでも、時に心身を現実から躱すことも必要だと思っています。
そんなとき、読書は最適です。特に、設定が身近過ぎない翻訳小説はちょうどいい現実逃避になる気がします。なので、今回の海外小説に対する突然の渇望も、自己防衛本能が「ちょっと現実を忘れる時間を作って一息入れなさいよ」と発動したのかもしれないと思っているわけです。
で、手にしたのがミランダ・ジュライの『最初の悪い男』。長編が出たら読みたいと思っていたミランダ・ジュライが、タイミング良く初の長編小説を出したので迷わずチョイスしました。
作家活動のみならず、いろいろな分野で表現者として活躍中で、『いちばんここに似合う人』『あなたを選んでくれるもの』を書いたミランダ・ジュライの初長編とあらば、ある程度、覚悟(どっち方面かは定かではないものの)はしていたつもりでしたが、覚悟を上回るひょえ~~!な小説でした。
ヒロインであるシェリルは護身術教室から始まったフィットネスDVD制作のNPOで働く43歳。その団体の理事である65歳のフィリップに恋をしていて、妄想に明け暮れる毎日を送っています。
それとは別に、シェリルには、自分が子どもの頃に出会った「運命の子」との間の絆がずっと存在し、今もいろいろなタイミングで、違う年齢や容姿や親を持つその子に出会い続けているという一面(?)もあります。そして現実の彼女は、自分独自のルールを設定し固執し、「完璧。なんて快適だろう」と暮らしています。時折“ヒステリー球“の発作に襲われたりはするものの。
そんなシェリルのところに、怠惰で不潔で足が臭くて協調性のない上司の娘、クリーがやってきます。真逆のふたりが上手くいくわけがない。
シェリルは、築き上げたルールが木っ端微塵にされ、精神的に追い詰められますが、フィリップとの関係は予想外の展開をみせます。そして、クリーとの展開はもっととんでもなく、さらに、医療ソーシャルワーカーの介入も暴走し始め、中盤はもう何が何だか。
感情移入もしづらく、好感も持てない登場人物たちが、混乱の被害者であり加害者でもあるカオスは、展開がバイオレンスでぶっ飛んでいることも相まって、腰が引ける場面もしばしば。
さらに、後半になって、事態収拾の糸口に見えた存在すらあっけなく玉砕し、どんどんシェリルを追い詰める…かのように見えるのですが、はたしてシェリルは不本意な発端から展開に転回を重ねた自分の人生とどう折り合いをつけるのか。エピローグには不覚にも涙しそうになり、その直前の章の最後の一言にもグッときます。
正直、苦手な部分も多い小説でしたが、読後感は晴れやかで、でもそれすら一時的で、煙に巻かれたような気がしないでもなく、ただ、自分たちがつい理想にしてしまいがちな「自分らしく生きる」みたいな世界は幻想に過ぎず、現実はみんな、押しつけられたり鋳型に嵌められた役割や立場を生きているだけかも、とか、自分らしく、があるとしたら、それは不本意だったりする役割をどう演じるか、にかかっているのじゃないか、と思ったりしたことでした。
叫喚をのぞき見した気分ですが、共感は特になかったです。でも読んでよかった。
私のこの感想を読んで、矛盾だらけで何言ってるんだかわからん、と思った方こそ、ぜひこの小説を読んでください。わからんのがわかるから(笑)。
by月亭つまみ
◆木曜日のこの枠のラインナップ
第1木曜日 まゆぽさんの【あの頃アーカイブ】
第2木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 月刊 切実本屋】
第3木曜日 はらぷさんの【なんかすごい。】
第4木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 やっかみかもしれませんが…】
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
爽子
こんにちは^_^つまみさん。
レビュー読むだけで、右往左往しました。
あー面白かった!
ので、もう満足だわ。
自分らしく生きるが、わたしはいつもわかってないです。
ずっとずっと迷い道を行く気がします。
つまみ Post author
爽子さん、こんばんはー。
いやいやいや、私のこの拙い感想じゃあ、その世界のドアの模様や質感さえわかりませんよ。
機会があったら、ぜひ開けて、中に入っていただきたいです。
「自分らしく生きる」って言い草、クセモノですよね。
ハタから見れば無理をしているように見えても、それでギリギリ自分を守っているってこともあるし、逆に、なんか悠々自適、気楽で羨ましいと思えるような人がとんでもなく闇を抱えていたり。
ずっとずっと迷い道、もうそれで行くしかないっすよ…と思いつつ、爽子さんの絵手紙を見ていると、そこに、すっごく「爽子さんらしさ」を感じるのも事実です。