果物のなまえ
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やぶからぼうですが、わたしがこの世でいちばん好きな果物は、メロンです。
果物は何が好き?と聞かれて「メロンです。」と答えることに、長年いささかの抵抗があった。そのように聞かれる機会があれば、よどみなく「梨です。」と答える準備をしてきたものだ。
「メロンが好物の人間」
そこにはつねにある種の恥ずかしさがつきまとう。もっと言えば、「たしなみのなさ」、さらに言えば「人間としての深みのなさ」すら感じさせる。
たとえば「枇杷が好き」と言った場合と比べてみたらどうだろう。「豊かな感性」「大地に足をつけた美しさ」「文化資本」といったものが想起されないだろうか。
片や「メロンが好き」な子どもや男や女に供されるのは、「スポイルされた」人間像である。理不尽。
今日はその理由について考えてみたい。
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ひとつめの理由は、なんといっても「メロンは高い」というイメージである。
果物の王様メロン。マスクメロンに代表される、あの芸術的な網々と、T字型のツル。切り分けて、きらきらひかる果肉をスプーンですくって食べる…。
3月始めに岡山に行ったのだが、岡山城下の古い商店街には、フルーツ王国岡山らしく、老舗の果物店が何軒もあった。そしてどの店のショウウィンドウにも、その芸術メロンがほこらしげに鎮座していたのがとりわけ印象的だった。
やはりメロンには、おいそれと日常的には買えない「贈答品」というイメージがある。
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わたしが子どもの頃、庶民のメロンといえば圧倒的に「プリンスメロン」だった。
二周りほども小さくて、表面はつるつるしている。切ると中は黄色みの強い緑で、素朴な見た目に反して香りも甘みも強かった。ときどき、プリンスメロン特有の、不思議な苦みがあった。
プリンスメロンの旬は他のメロンよりやや早く、5月の初めくらいである。マクワウリとマスクメロンのかけあわせで作られた品種だ。
なぜわたしがこんなにもプリンスメロンについて語れるのかというと、母の実家が熊本で、毎年5月になると段ボールに入ったプリンスメロンが送られてきていたからである。わたしが生まれたのは5月の始めで、祖父母が送ってくれるプリンスメロンは、誕生日の記憶と密接に結びついている。
やがて、80年代を過ぎると、プリンスメロンは徐々にホームラン・スター・メロンという当時できたばかりの新しい品種にとってかわられるようになった。
ハネジューメロンに似た、白っぽくてシャキシャキした、瓜系のメロン。
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しかし、とりわけここ何年かで気付いたのだが、最近網々メロンが安くないですか。
ちょうど今メロンの旬なので、八百屋やスーパーでメロンをよく見かけるが、だいだい青肉と黄肉と両方売っていて、どちらも一玉500〜800円くらいで買えたりする。アンデスメロンはわりと昔からよく聞くが、クインシーメロン、タカミメロン、アムスメロン…。
デコポン一袋買うのと大して変わらない金額でメロンが買えてしまう昨今なのである。
これらの安め網々メロンと、メロンの王様マスクメロンを食べ比べてみたら、やっぱりぜんぜん違うのだろうか。
しかしわたしは安め網々メロンでたいへん満足です。
ちなみにあのT字のツルは、高いメロンにはつけていて、安いメロンにはつけていないらしいです。
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さて、値段の他に、メロンが好きな人間のイメージを不当に下げている理由について、わたしはさらに2つのことに確信を持っている。
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仮説1 「メロンは酸っぱくない」
お前は何を言っているのか…。
わたしが言いたいのは、果物に対して人々が持つ揺るぎない評価、それは「甘酸っぱい」だということです。
みかん、ぶどう、りんご、パイナップル、アンズ…果物といえば、甘くて酸っぱいものと相場が決まっている。
あの、この世の子どもの心をほしいままにしているイチゴでさえ、「子供騙しの果物よ」とみなされずにすんでいる理由は、「甘酸っぱい」からにほかならない。
クリームやケーキでもあるまいし、土が育てる野生であるところの果物でありながら、酸味がない。その甘さが、果物の王様と言われる所以なのですが、反面、果物=自然としての矜持がないとみなされているのではないかとわたしは考えるのである。
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しかし、ここにいくつかの例外がある。「梨」や「桃」の存在である。
これらは果物のなかではかなり酸味がないほうだ。ほとんど「甘い水」と言ってもいい。
果物界において、「梨」、「桃」は確固たる地位を築いている(ように見える)。その違いは何なのか。
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仮説2 「メロンはカタカナ」
果物の名前は、ふだんカタカナで標記されることが多いが、知っての通りちゃんと漢字がある。「梨」「桃」「蜜柑」「葡萄」「林檎」「苺」「杏」…。
ところがメロンは英語のmelonをそのままカタカナにして使っている。この「外国っぽさ」。ちょっと浮ついているのではないか。
実はメロンにも漢字はある。「甜瓜」(てんか)。文字通り「甘い瓜」だ。
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一年中スーパーで同じ野菜が買える現代で、果物売り場にだけは季節がある。
メロンにも、明確に旬があるのに(初夏)、その「外国カラヤッテキマシタ」感によるものか、なぜかそれを感じさせない。多くが国産の露地栽培なのに…。
同じ瓜系の果物である「スイカ(水瓜)」から直ちに喚起される、日本の夏のイメージとの違いといったらどうだ。
しかし、「メロン」が「マクワウリ」だったとしたらどうか。たちまち、暑い日にのどをうるおす甘い水分という日本昔ばなしのような映像が立ち上がってこないだろうか。
「好きな果物はマクワウリです。」と言ったときの、その豊かさ!言ってみたい。でもメロンだよ。
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そしてわたしがなぜメロンが好きかというと、甘いから好きである。
「酸っぱさ」は、「甘み」がそれを上回るときにのみ価値を発揮するということを強く言っておきたい。
網々のも、瓜系のも、甲乙つけがたく好き。
わたしは、甘い水が、好き。
ついでに、果物の言い方でいうと、最強なのは「あまうり」と「水蜜桃」だと思う。
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byはらぷ
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。
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AЯKO
そんなにメロンが好きで、熱く語れるとは今まで知りませんでした!メロン好きと言うのの恥ずかしさは、日本での立ち位置から来るものですね。私にはわかります。でも夫は全くそういうのないみたいで、よく買ってきます(笑)。
おすすめしたい本があって、東洋文庫の「ペルシア見聞記」なんですが、17世紀のペルシアではメロンは主食か?というぐらい人々が色々な種類食べてますよ。私も正直「あんな甘い果物をひたすら食べるとか、子供か!性根がどうなってしまうのか」と思いました(笑)。なんか日本での刷り込みがあるんですね。
Jane
私は特にメロンに思い入れもないし、果物豊富な田舎育ちですので普通に(高級でない)メロンを食べて育ったのですが、20年近く前、メロンにて恥ずかしい思いをさせられたことが一度あります。
息子が2歳になったばかりの頃、かなり年上の裕福なご夫婦の別荘にお邪魔しました。そこの奥様が台所に立った時、息子がちょこちょこついていきました。そして奥様がメロンを切って戻ってこられてこうおっしゃりました。「〇〇君がね、メロン大きく切ってね、小さく切っちゃダメよ、と言ったのよ。おうちではいつも大きく切ってるということね」と。
これはメロンが高いという認識を共有していること前提での笑い話ですが、正直それまで息子が「〇〇しちゃダメよ」などと話すのも聞いたことがなかったし、果物を大きく切れなどと私に言ったこともなかったし(でも子供に出すときはすべての食べ物を小さく切っていたかも)、息子がそう言ったなんて信じがたかったです。でも、普段家では食べられないから、ここぞとばかりに大きく切ってと言ったと解釈されたかもしれない、と思って恥ずかしかったです。
昔の記憶と言うものは、どうでもいいようなことまで鮮明です。
アメちゃん
こんにちわ。
そうか。はらぷさんにとってマクワウリというのは
日本昔ばなし、のような、その豊かさ!のような、そんなイメージなのですね。
私が高校生のとき、学校帰りに友人の家へ遊びにいったら
居間でそこのおばあちゃんがお昼寝をしてたんですけど
たまたま友人が台所に立ったとき、ばあちゃんがむくっと起きていきなり私に向かって
「〇〇さん(←友人のこと)、マッカウリ食べるか?」
って聞いてきたんですよ。寝とぼけて。
当時私はマクワウリのことを知らなくて
だから、このばあちゃんが発した「マッカウリ」っていう語感がおかしくって
私の中では、マクワウリ=寝とぼけたばあちゃんとマッカウリという語感
が出来上がっています(笑)。
でも、マクワウリってスーパーとかで見ないですよね。
去年だったか、近所の八百屋さんで初めて見かけました。
150円ぐらい。ばあちゃんを思い出して即買いましたよ。
さっぱりとして美味しかったですね。しばらくハマりました。
ちなみに私は、柑橘系の果物が好きで
とくに春先に出回る「はるみ」が大好きです。
果物屋さんでも「はるみちゃん」って呼んでます。「きよみちゃん」とか。
はらぷ Post author
AЯKOさん
こんばんは。そうなんですよ。メロンが好きなんです(笑)
暑くて行き倒れたとしたら、一番うれしい果物じゃないですか(どういう状況なんだ)
メロン好きのオット、うらやましいです!
うちのオットはメロン愛がまったくないので、それもまたメロン好きに後ろめたさを感じさせる原因なんですよ…。ひとりでメロンを食べる人間。
しかしメロンについて語ったら東洋文庫をおすすめされるとは、ほんとうにこの世は面白いものだと思いました。
読んでみる…。人々がありとあらゆるメロンを食べまくるペルシアの本を…。
はらぷ Post author
Janeさん
こんばんは。果物豊富なとこ育ち、うらやましい…。でも、山梨出身の知り合いも、果物にいっこもありがたみを感じない、と言っていたので、そういうものなのかもしれません。そういえば、茨城出身の友人も、干し芋とか嬉しくも何ともないと言っていた…。あんなにおいしいのに…。
息子さんのエピソード、なんてかわいいー。
しかし子どもって思いもよらないことを突然言い出したりしますよね…。
私も自分自身のことで似たような経験があります。
小さい頃、毎年夏休みに熊本の母の実家に帰省していたのですが、熊本には「誉れの陣太鼓」という名菓があってですね、寒天でかためた小倉の中に、ぎゅうひが入っているという神の食べ物なんです。
かつては一個がかなり大きくて、切り分け用の小さいナイフが付いていました。
で、たぶん私が3歳くらいのできごとだと思うのですが、祖母がくりかえし語るところによると、私は冷蔵庫に陣太鼓が入っていることをちゃんと知っていて、祖母がそれを取り出すと、「切らないでね、半分に切らないでね」と懇願したというのですね…。
毎年、帰省するたび、「切らないでねー切らないでねー、って何べんも言わすもん」と皆の前でその話が開陳されるので、ずいぶん恥ずかしかったものでした。
3歳のわたくしのかわいさがしのばれるエピソードですが、当時から食べ物に執着していたということですね…。
はらぷ Post author
アメちゃんさん
うわー、なんて、なんて、すてきなエピソードでしょうか!
昼寝のばあちゃん=マッカウリ!
はい、食べます!
そうなんです。マクワウリって、暑い日にのどかわいたから畑のマクワウリでも割って食うか、というような、川からどんぶらこっこと流れてくるような、そんなイメージがあります。
『おはなしのろうそく』というストーリーテリングの本のなかに「カッパと瓜」という一篇が収録されていて、大好きなおはなしなのですが、その「瓜」はなにかなあ、甘い瓜かなあ、きゅうりみたいなのかなあ、と想像しています。
挿し絵はきゅうりっぽいけど(笑)
子どものカッパと、治平衛さとのやりとりがほんとうにかわいいんですよ。
マクワウリ、お店では見ませんねえ。八百屋さんで見つけたら買っちゃうなあ。
あの薄甘さがたまりません。
はるみちゃん、きよみちゃん、せとかちゃん、柑橘系の名前はかわいいですね。
はるみちゃんは、あまり柑橘系に興味のない私でも、確かにものすごくおいしいです!
クマガイ
こんにちは
ご無沙汰です。
学生の頃、友人ちの犬の名前がメロンと聞いて、カワイイ〜とか言いつつ「うわセンスねぇな、ブルジョワかよ!」と心の中で毒づいていた自分、なんかコンプレックスあったのかもしれません。ごめん、メロン。
プリンスメロンって言うのもなかなかのネーミングですね。プリンスて。
はらぷ Post author
クマガイさん
こんにちは!わー、コメントありがとうございます。
爆笑してしまいました。ブルジョワかよ!!
なんか、家にグランドピアノある、みたいなやつ。
で、犬はスピッツとかなの。昭和のブルジョワ!(ブルジョワのイメージが貧困な私)
そういえば、「プリンス」メロンって、意識してなかったけど、なかなかですね。
王子だって。
王様と名乗るのははばかられますが…という謙遜?
メロンの王様マスクメロンが父だから?
とすると、母がマクワウリ…身分違いの恋だな…。
プリンスメロン、宮廷で苦労してるかもしれません。がんばれ、いつもついてるぞ!