犬の散歩で繰り出す「笑顔の会釈」、意味があるのか!?マスクの下で。
こんにちは!カリーナです。
先週金曜日のオバフォーのポッドキャスト番組「That‘s Dance」でミカスさんが、「よく通っていた近所のパン屋さんがSNSにアップしている顔が、マスクをはずしていたため本人とわからなかった」という話をしていました。
確かに、マスクをつけた顔から「マスクの下」を想像していたわけでもないのに、顔全体を見ると意外な感じがするの、あれ、なんでしょうね。
そのマスクの話で思い出しました。わたしも、ずっと気にしていたことがあったのです。
犬の散歩に「笑顔の会釈」はつきものです。道の反対側を犬と散歩している人を見かけたら、顔見知りであってもなくても軽く笑顔で会釈する。相手の犬が吠えてきて「すみません!」と言われたら、「いえいえー」と笑顔で会釈する。子犬が通り過ぎたら、「まあ、可愛い!」の意味を込めて笑顔で会釈する。
無言でスタスタと歩いているようで、「笑顔の会釈」で大忙しといっても過言ではありません。
が!
この「笑顔」が見えているのだろうか?ふと心配になりました。わたしは、いつもにっこりと口角を上げて心の底からの笑顔をみせようとしているのです。きっと感じがいいはずです。礼儀正しく、明るく、細かいことは気にしない笑顔。「おはようございます」「いいですよ」「ありがとうございます」などなどさまざまな意味を込めた笑顔。
だが、すべてはマスクの下。
なんとなく目の表情でわかる気もしますが、このマスクの下の、口角を一生懸命に上げた真剣な、一切手抜きのない笑顔、無駄だったのか。なーんだ。
と思って、今、口をまったく動かさないで笑おうとしたら不可能でした。表情で「笑顔」を示そうとしたら、口元を動かさない限り無理。目だけでは笑えない。必ず、口角が上がってくる。
口って偉大だったんだな。
ドクターシーラボの調査によるとマスク着用による肌悩みに「たるみ」を挙げた人が、2020年から2021年のたった1年間でおよそ3倍に急増。とのことなので、見えようと見えまいと思いきり口角を上げて感じのいい笑顔をつくっておきますか。
からだの中で「見せる(見える)ところ」と「見えないところ」では、「見えないところ」が段々と小汚くなっていくものなので、早くマスクなしの時代が来て「口周り」を救済できますように。
口を陽の当たる場所へ!オバフォーは今週もコツコツと更新します。「いどばた」のお題は、カラオケです。コロナ禍で足が遠のいていますが、どんな歌を歌いますか。歌えない鬱憤晴らしでもいいので、おしゃべりに来てくださーい。