【月刊★切実本屋】VOL.96 『熟柿』読んでた自慢
約2か月前に読んだ『熟柿』佐藤正午/著(角川書店)の感想をしたためていたもののサイトにUPはしていませんでした。が、このたびこの本が「本の雑誌」の2025年上半期ベスト1に選ばれたことと、本日(7/11)はカレー短歌以外の記事の更新がないようなので、どさくさに紛れて更新します、鼻の穴を膨らませる気分で。凡人。
佐藤正午好きのみならず、小説好きが、読んだらもれなく胸に貯まった思いを吐露したくなる作品だと思う。とはいえ、ざっくりあらすじを書こうとすると、この物語に対するアツい気持ちが渋滞を起こし、下手すりゃ「そういう暗めのはちょっとパスかな」と思わせる言葉しか出てこなさそうなハイリスク感がハンパない。しかし、どのみち人生ハイリスクハイリターンだ。思いの丈を書いてみる。
取り返しのつかない罪を犯し、手にしていたもの、しかけていたものすべてを失ったかおりという女性の流転の15年が描かれる。死んだほうがいいかもしれないという思いが脳裏をよぎりつつも、獄中で産んだ息子の存在をよすがにまさに流転‥流れて転がりながら生きるかおりの日々は、最初はとても危うい。二度目のパトカー乗車の経緯は心を病みかけた人のようだ。でもかおりは踏みとどまる。そしてひたすら生きる。光の射す方を見失いそうになっても、地道な努力の結果の数字を2桁減らされる不幸に見舞われても、なんとか人生を投げず、地面の近くを手探りで進むのだ。
凝った構成の小説を書く印象のある作者だが、今回は時系列が交錯することはない。が、切り取る場面や時間の解像度はやっぱり独特で、その力量に終始圧倒される。凡庸になりかねないストーリーを、それとは真逆の唯一無二の心震える物語に昇華させるのだ。緊張感が途切れず、ページをめくる手が止まることなく一気に読ませ、読み終わった瞬間はなぜか玉砕された気持ちに近い感慨があった。
かおりの存在に目を、心をとめる人が光だ。トンネルの先の光を直接導き出す存在ではなくても、共に待つ、居るだけで人は光になるのだ。熟柿を誘う人間(たち)は発光体なのかもしれない。その光は総じてまばゆくない。だから他者を疲弊させない。
人生、生きてみなけりゃわからないことだらけだ。
by月亭つまみ