「どうせ、ババアだから」とすねている場合じゃなかった。みんな少しずつ年を重ねている。
こんにちは、カリーナです。
最近、しばらく依頼の途絶えていた方と仕事をしています。
自分の年齢を考えてスネがちな人間なので、連絡のなかった間、「どうせ、もうババアだからでしょ」とひがんだりひがまなかったりしていたんですが、一日の仕事を終えての帰り道、その人が心と体の不調で一年ほど苦しんでいたことを知りました。
わたしより、5~6歳下。たぶん、50代後半だったと思います。はっきりと原因はわからなかったそうですが、男性にもあるとされる更年期障害と長年の働きすぎによる疲労なんじゃないかと言っていました。
あー。ひがんでいる場合じゃなかった。
いや、現実には彼のなかで「もうババアだから」と「体調悪い」が重なってたかもしれませんよ。
でも、わたしの心のなかに少しも「あの人、お元気かな」が浮かばなかった。年下であること、男性であること、つねに元気であること…などなどのイメージが重なって、思いつかなかったのかもしれませんけども…
まあ、自分のことしか考えてなかったのは確かですよ。
「最近、仕事は、もうのんびりというペースですか」と聞かれたので「はい」と答えました。
「いえ!年齢的にはそうかもしれませんけど、まだがんばってます(もしくは、がんばりたいです!)と元気に言ってもよかったのかもしれないけど、なんか、もう、どっちでもいいというか、「そうだな。のんびりでいいや」という気持ちになったし、なんか、そういう「仕事に前向きです」的な会話から降りて、長年、仕事をいっしょにしてきた者同士として労わり合いたいというか、次の人生について肯定しあいたいというか、そんな気持ちになったのです。
改めて考えてみたら、わたしも、そんなに仕事したいわけじゃないし。そんなにがんばっているわけでもないし。
できることをきちんと一生懸命にやる。でも、土台は自分の日々の暮らし、というほうがしっくり来るんですよね。
広告会社の経営者でもあるその人は、「70歳ぐらいまでは続けて、そしたら社員も年金をもらえるぐらいの年齢になるから、会社は畳もうかと思います」とのこと。体調を崩してから土日は、娘さんとカフェに行ったりしているそうです。
ああ、昔から乙女なところのある人だったな、と思い、「そういうのいいですねー。これからの人生、楽しくなりそう」みたいなことを言いました。
自分の周りにいる人も、周りにいて様子の見えている人も、周りにはいるけれど見えていない人も、遠く離れてしまったあの人、この人も、みんな少しずつ年をとっている。
そのことに思いを馳せなければ。「わたしなんてどうせフン」なんて言ってる場合じゃない。
オバフォーは今週もコツコツと更新します。時間のあるときに遊びに来てください。待ってまーす。

















































































