今週のオバフォーならぬ今週のわたし。病床でなぜか、まといつく「献身プレー」感。
こんにちは。カリーナです。
先週、ミカスさんが書いてくださったように突然、約1週間前の土曜日わたしは、「お気楽なおばさん」から「重責を担うおばさん」へと変わってしまいました。突然の場面転換にまだ気持ちがついていきません。詳細はブログに書いています。
元気だった夫のことはだれよりもよく知っているつもりですが、病床で眠る夫は、どこか他人のようでちっともなじめません。見舞うたびに、この立場の「妻」がやるように、声をかけたり、笑ったり、さすったり、見つめたり、拭いたり、ぬぐったりするけれど、どこか人のマネをしているようで、居心地が悪いです。本気なのに、なぜかまといついて離れない「献身プレー」感。
わたしがよく知っているのは、こんな人じゃない。笑顔で「よっ」と片手をあげて現れる機嫌のいい人なんだけどな。いったい、どこに行ってしまったのか…そう、考えるとボーっとしてしまいます。
ただ、夫とわたしが遠慮なくケンカしたり、笑いあったりした時間が終わったことだけはわかっていて、「わたしも例外じゃなかったな」と思っています。そう。身内の事故や突然の病が多くの人に訪れることがわかっていてもなお、「自分にはない」ように思う。でも、やはり、例外じゃなかったのです。
病院の近くの大きな本屋さんに入ると堀江貴文さんたちの新刊本が並んでいます。未来に希望を持ち、戦略的に生きる方法を説く本。今日も、明日も、あさっても、10年先も変らず元気で生きることを前提に、あらゆることに興味をもち、あらゆる知識を得て、より一層、人生を幸せに変えようとする人のための本。
その欲深さ、猥雑さ、自分勝手さ、自己愛に圧倒されつつも、ああ!この「たとえ明日が地獄でも、能天気に夢を見る世界」で夫と過ごしたかった!もっと、夫に、この世のまがいものだらけの猥雑さと雑多さと、それゆえの面白さと楽しさを味わってほしかった。自分自身の内部にも見栄や嫉妬という雑多さを抱えつつ泳ぎきってほしかったと思います。
たぶん、いろいろ悔しいのでしょう。病床の「見知らぬ他人」のような夫に寄りそうことすら悔しい。わたしに献身プレーをさせるな。似合わないの、わかってるだろ、わたしの得意分野はべつだろ??それ知ってるだろ??別の方法で支えてきただろ??という感じ。
この一週間、オバフォーのメンバーと読者のみなさんの言葉にどれほど支えられたか、言葉では表せません。こんなテーマで月曜日をスタートしてよいのか…と思いますが、また書かせてもらってよかですか?すびばせん。
今週もオバフォーは、ほぼ毎日更新します。時間のあるときに遊びにきてください。わたしも来ています。大阪には台風、北海道には地震…と大変な9月です。嵐の日も、晴れの日も生きましょう。
しまだみゆき
なんといったらいいのか・・・ご主人のこと知ってから心の中に重い重い鉛があるように、泣いてばかりいます。介護を続ける生きる希望も無くなっていた私に優しいメールをくださいました。あれから、介護はもちろんですが、金銭的に窮迫して今は、昼夜Wワークの日々です。新しく始めたファミレスの仕事は子供みたいな年の子に囲まれ、50を過ぎてしかられることになるなんて!出口の見えない地獄だ!!なんて思っていました。でもでも、カリーナさんの今の苦しさに比べたら、屁みたいな悩みです。大変なときなのに、大変なときだからこそ、明るく強く生きているあなたにまた助けられました。泣かずにがんばろうと思います。何があっても生きていかなくちゃならないのだから。
一日も早いご主人の回復をお祈りいたします。みんなの思いはきっと届くと信じています。
YUKKE
カリーナさん
なんと言ったらいいか?
でも、カリーナさんは書いて、書いて。
嬉しい時も辛い時も、悲しい時もずっと書いてきたから。
今も書いて少しでも自分に整理がつくなら書いてね。
読んだ人は、みんな祈ってるよ。
馴染まない献身プレイでも、きっと心の奥でいっぱい祈って願ってるよね。通じてるはずだ。
祈ってる。祈るよ。