寂しさと自由と、だれの心にもある「自分だけの領域」。
昨年10月に「夫が倒れた!献身プレイが始まった!」という本を出したのですが、そのことを幼なじみに「もっと早く教えてほしかった。そしたら、もっと応援できたのに」と言われました。「応援」というのは、「祈る」とか「念を送る」とかそういうことです。ありがたい。
だよね、何となく感じ悪いよね、と申し訳なく思う気持ちと、「でも隠していた、というのとも違うんだよなあ」という気持ちがせめぎ合います。自分でも書けるかどうかわからなかったので「書いている」と言いたくないというのもあったし、もう一つ、「誰にも知らせない自分だけの領域がある」というのもあります。この「誰にも知らせない自分だけの領域」では、いろんなことをああでもない、こうでもないとやってみたり、悩んだり、またやってみたりしている。幼なじみだけでなく夫にも娘にも、姉にも、誰にも入ってきてほしくない、そういう場所です。
そこでのわたしは、一人でいたいし、挫折も撤回も失敗も前言撤回も自由気ままにしたい。誰の目も、評価も、一切意識せず、できるだけ自由でいたい。
きっとだれの心のなかにも、そんな場所があるのだと思います。だれもが心の大事なところには鍵をかけている。
実は、夫にもそれを感じていました。家族でキャンプに行ったり、ふたりで旅行に行ったりした日の夜、決まって星空を眺めに外に出る夫の背中は、心に固く鍵をかけ、わたしの知らない記憶や未来に思いをめぐらしていた。漠然と寂しかったけれど、いま思えば、そういうものだし、それでよかったと思います。
互いに鍵はかけているけれど、ときにその中がのぞくことがあり、はっとする。いいな、と思ったり、違うな、と思ったり、遠いな、と思ったり…。日々受け取る、さまざまな印象や言葉や仕草を、自分のなかで総合し、想像し、好きでいつづけられるなら最高ですね。
わたしから見えるのは、目の前の人の「氷山の一角」。好きになって友だちで居続けるには、それで十分。
今日のカレー記念日、いまねえさんのカレー短歌がおかしいです。初めての方も思いついたら、気楽に投稿してくださいね。公開の日と週末のカレー記念日今週のおかわりと二度楽しめますよー。オバフォーは来週から夏休みに入ります。今週はコツコツ更新します。お暇なときに遊びにきてくださいね。待ってまーす。
本はこれです↓