Posted on by カリーナ
自分にも使える選択肢が増えると、人は笑顔になる。
こんにちは!カリーナです。
先週の土曜日、それほど暑くなかったので久しぶりにウィッグをかぶっていきました。外に出るとすぐに、わたしのブログにもときどき登場する上階のおしゃれマダムとばったり会い、「髪、切った?」と聞かれたので、「ウィッグです。しかも、いくらだと思います?」というもはや定番の会話に。
税込2880円と言うと「それ、欲しい!色もそれがいい!」と盛り上がったのですが、わたしは、このマダムとの会話や近所のママ友との会話を通じてある発見をしたのです。
それは、ウィッグの話題は、人を明るくするということ。
理由も考えてみました。
おそらくですが、将来ウィッグを使う気があってもなくても「選択肢が増える」ことそのものが、彼女たちの気持ちを明るくしたのです。値段の安さは、「その気になればいつでも選べる」という実現可能性の大きさを意味します。
ウィッグに限らないのでしょう。自分が将来うっすらと不安に思っていることについて「ああ、こういう方法があるんだ。しかも、気軽に選べる!」という実例を見ると、気持ちがパアッと明るくなるのです。
たとえば、自分が一人になったとき、病気になったとき、動けなくなったとき、介護する立場になったとき、介護される立場になったとき…不安を数え上げればキリがないけれど、だからこそ、別の選択肢があることをあらかじめ知り、いつでも簡単に選べると知ることが救いになるのです。
笑顔のあるほうへ。光の差すほうへ。
どんな小さなことでも進んで解決策を探す姿勢は、自分にも周りにも、ほっと一息つける幸せを運んでくれるんですね。
オバフォーは今週もコツコツ、更新します。時間のあるときに遊びにきてください。
いまねえ
カリーナさん、こんにちは。
マダムの話、なんだか嬉しくなりました。
なんというか、八方ふさがり感?若い人のような
可能性とはいわないが、選択肢はもう残されていない?
そんながっかり気分で加齢を実感する昨今。
どうせ私なんて、どうせ年だから、の繰り返しで
なんだか自分がつまらない人間になりそう。
そこにお手軽に=失敗してもダメージほぼない
そんなチャレンジができる喜びは本当に共感します。
なにより苦しいのは「こうでなくてはならない」の
決めつけ、それは自ら解決策を探そうとする行動を
否定して、誰ともわからない何かに決定を委ねる
無責任丸投げ意識だと思いますし、
そういう人はたいてい眉間にしわ寄せて言い切るので
一緒にいて楽しくありません。
これがだめでも、そちらがある、あちらもどうだろう、
常に解決案の候補は複数用意しておく、これは
この先も意識していきたいことだと思いました。
それにしてもマダムの「髪切った?」の
一言の貴重な事よ、その後の展開は全てこの一言から、
カリーナさんのウィッグ情報getできたのは
そのマダムご自身がきっかけ作ったから、ですものね、
グッジョブ!マダム。
気軽に声を掛けられる顔なじみがいることって大事ですね。