絶叫する箱
一緒に暮らしているねこのスマは、さいきん毛づくろいをしすぎて、お腹がすっかりはげてしまった。しばらく様子を見ていたのだが、そのうち足の付け根の部分が擦り傷のようになってきて、それが気になるとみえて、またしょっちゅう舐める。そこで先日、ねこの病院に連れていった。 数年前に手術をし、定期的に通院しているティーちゃんとちがい、スマは頑健なたちで、病院通いには慣れていない。ゆえに、油断していて、なんなく捕まる。 大きな洗濯ネットに入れられてもまだピンとこないふうのスマを抱いて、通院用のバスケットに詰める。3キロのティーちゃんにはあまるほどのバスケットも、スマにはぎゅうぎゅうである。文字通り、「詰め…
自問自答の日々
3回目のワクチンを打って3日撃沈し、目覚めたら(比喩)春どころか夏が来ていた。 え…?ダウンジャケットはおってワクチン打ちに行かなかったっけ…?からの、麻のシャツがふさわしいような陽気。今年も春は奔流である。 今年は特に、何かにつけて、「これを見るのも今年が最後になるかもなあ」という感慨がわいてくる。私や世界に何が起ころうと、季節は平等に、手加減することなくやってきて、それは救いでもあると同時に、ちっぽけなおのれの事情や逡巡などまったく意に介しない、ある種の残酷さを含んでもいる。 ○ 春の気配とともに、自分の中に勝手にわきあがるエネルギーや喜びに、素直に身を委ねることができないでいるの…






















































































