四十路独女じじょうくみこの「崖っぷちほどいい天気」〜ブライちゃんの涙を見て、オバチャンがハンサムになる日。
先日、友人ジャンコと久しぶりに飲んだのです。同業で独女という共通項の多い(収入は雲泥差ですが)ジャンコとは、定期的に会って互いの近況を報告しあっているのですが、その日、彼女はしみじみとこう言っておりました。
「最近なんだか私、怒らなくなったのよね。前なら段取りの悪い店員や仕事のできない部下がいたら『ちょっと何やってんの??』とカリカリしていたのに、今なら『いいわよいいわよ、忙しいよね。待っているから、がんばれ』って笑顔で見守っている自分がいるのよ。年も取ってみるものよねええ〜」
若い頃のジャンコを知っている身としては、確かにこれは恐るべき変化であります。行動もすれば結果も出す、デキない男は踏みつぶして進む、だって人生は0か100しかないのよ的なバリキャリ女だったジャンコから、よもや「他人を笑顔で見守る」などというセリフを聞ける日が来るとは。ただまあジャンコ的には「他者に寛容になった大人の私」をアピールしたかったのだと思うんですけどね、それって
年取って怒る元気がなくなったからだよね
とは言わずにおきました。
よく「年を取って丸くなる」と言いますが、あれって結局「角を立てるエネルギーがない」ということなのではないか、と年を取って思うようになりました。だって怒るのってものすごくエネルギーがいるんだもの。というか、いろんなところがゆるくなって、いろんなことがどーでもよくなってきました。世間のあれこれに感情乱されるより、おいしいもの食べて帰って寝てたい。だからでしょうか、ジャンコじゃないけど空回っている人やがんばっている人を見ると、なんとなく温かい目で見守っている自分に気づくことが増えてきました。
***
こんなことやあんなことがあって珍獣パラダイスで働いていた私ですが、働き始めて2年目のある時期から、中途採用で盛んに人をとるようになったのです。どうやら事業部を拡大することになり、外から人材を集めようということらしい。そうしてしばらくして、ハツミさんという20代女子が入社してきました。
小柄で可憐な印象のハツミさんでしたが、これがまたゴリッゴリの理系女子。大手メーカーで液晶パネルのなんちゃらかんちゃらとか、ICのうんちゃらかんちゃらとか、なんだか知らないけどものすごい技術開発をしていたらしいです。最近はホントにかわいい理系女子が多いなあ〜などと感心しておりましたが、初めて仕事を一緒にすることになった時、
「自分、紙の制作は経験ないので、よろしくお願いします」
そう言って「押忍」のポーズで両手を力強く結び、深々と頭を下げました。
仕事をしてみると、彼女はどうも1つ1つの工程に全力で取り組みたい人だということがわかってきました。たとえば納期まで時間が残されておらず、人命に関わる重大な要件でなければ、小さな間違いには目をつぶるということがありますよね。珍獣男子に至っては「ミス? そんなんありましたっけえ?」的な感じで、それはそれで困ったもんですが、大抵の場合はおさえるべきところはおさえて、あとはほどよく力を抜いて仕事を回す術を覚えるものです。
ところが彼女の場合は「全部を、全力で、取り組む」。それはそれで立派な態度と言えますが、当然のことながら全てに時間がかかり、理系のせいか納得できないことがあると先に進めなくなります。そうした姿勢は当然のことながら周囲の人にも影響を与えるわけで、彼女が仕事を依頼した外部のデザイナーさんが、ある時私に相談してきました。
「ねえねえ、最近そちらの会社ってルールが厳しくなったの? ハツミさん、1mmのズレも許さないという感じなんだよね。『新人なので、ルール通りにしかできないんです。自分、不器用なんで』って」
って健さん? 高倉健さんなの?
まさか21世紀に「自分、不器用なんで」とナチュラルに言う人に出会うとは思いませんでしたが、ハツミさんの高倉健女子ぶりは板についたもので、「自分、不器用なんで」一度集中すると北島マヤ並みに何も見えなくなります。「自分、不器用なんで」プライベートを削って働きづめです。そして「自分、不器用なんで」時々我に返って私のところに駆け寄り
「じじょうさん、きりのいいところで帰っていただいていいですよ。あとはやりますから。自分、家庭とかないんで」
って20代で何その無頼発言? てか私も家庭ないわ?
以来、彼女のことをブライちゃんと呼ぶことにしました。
一事が万事この調子で「不器用にもほどがあるよ、もっとうまく立ち回りなさいよ」と思うのですが、なにしろ先輩である珍獣たちは新人扱いもしなければ女子扱いもしないわけで(男子め!)。ブライちゃんもあの通りのブライちゃんなので、弱音を吐かずにひとりで抱え込んじゃうわけで。そういうところにいると、オバチャン派遣さんとしてはまあ、結果的に彼女をフォローするしかないわけですね。
そんなある日のことでした。A部署の女子が徒党を組んでブライちゃんのところにやって来たのです。
なにしろすごい剣幕だったので、何事かとフロアは騒然となりました。どうも彼女が担当していた付録についてA部署への情報共有が漏れていて、一体どういうことだと詰め寄ってきたらしいのです。それはよくよく聞くと大した問題ではなく、単なる部署間の通達漏れ。ブライちゃんのミスではなかったので、彼女にとってはとんだとばっちりだったのでした。
逆に言えば、大勢でブライちゃんを囲んで文句を言うようなレベルでは到底なく、あれは(実際は難アリだけど対外的にはモテてるらしい)珍獣男子たちとお近づきになったブライちゃんに対する女子的な嫌がらせではないかと、個人的には推測しています。それでも不器用なブライちゃんは、今回も事件をものすごくまっすぐに受け止めて、「自分の考えが足りなかったんだと思います。自分、まだまだですね」とまっすぐに落ち込み、自分を奮い立たせようと必死に笑顔を作っているのがわかりました。
入りたての職場で、あんなおそろしい顔の女子に囲まれたら、そりゃこわかったでしょうよ。ホントお疲れさま、まったく珍獣男子ったら気配りが足りないわよねえ〜なんて気持ちで、つい彼女の頭をポンポンとなでたのです。
すると私を見上げるブライちゃんの目が突然うるみ、ブワッと涙があふれて泣き出してしまいました。
あらら〜
声を殺して泣いているブライちゃんを、周りの人に見えないように隠しながら、「ヤベッ! 何このすごいハンサムな立場!?」と自分で自分にツッコんでしまいましたよ。
かねてから、中年女性には知らないところでさりげなくフォローしてくれたり、困った時に頼りになる人が多いなあという「オバチャン=ハンサム説」をうっすら感じていたのですが、なるほどオバチャンはこうやって結果的にハンサムになってしまうのかというハンサム・メカニズムを解き明かした思いがいたしました。
これも中年の役割かしらねえと思いつつ、ハンサムがすぎると面倒なことに巻き込まれそうなので、なるべく気配を消すようにしなければ、と心に決めたじじょうくみこでありました。
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
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きゃらめる
なんか共感しまくってウルウルしました。職場の昼休み中なのに(笑)
あゆ
私もちょっとウルっときました。
ブライちゃん、かわいいなぁ。ハンサム・オバチャンもかっこ良くていいじゃないですか。
若い人の空振りも失敗も「うんうん」と目を細める気持ちの裏には
そんなおばちゃんな理由があったんですね。確かにそうかもです。
でもそれで助かる人々がいるならオバチャンの存在意義ありますよね?
はしーば
ああ、私がブライちゃんだった20ウン年前、じじょうさんのような先輩に頭をぽんぽんされたかった(遠い目)
今じゃ年齢的には、ぽんぽんする側ですが、今度はする相手がいない。
私もハンサムしてみたいのに。
人生ままなりません。
じじょうくみ子 Post author
>>きゃらめるさま
こんにちわ〜コメントありがとうございます(*^_^*)
あれ、もしかして私じゃなくてブライちゃんに共感しちゃいました?(笑)
じじょうくみ子 Post author
>>あゆさま
いらっしゃいませ〜コメントうれしいですう〜(^^)/
私も自分がオバチャンになってみて「なるほど、こういうからくりだったのか」と気づいた次第です。オバチャンのハンサムは環境がそうさせるのですね。
うっかりぽんぽんした後で「あっヤダちがうのちがうのそういうキャラじゃないのっ!」と言おうかと思ったのですが、まあこれで気持ちがおさまるならいっかと思って黙っておきました。これでぽんぽん分の時給上がらないかな、と腹の中で思ったことも黙っておきます。
じじょうくみ子 Post author
>>はしーばさま
こんにちわ!いつもコメントありがとうございまっすm(_ _)m
私もぽんぽんされた記憶がありません・・・(遠い目)
そして私はうっかりハンサム側に回ったわけですが、「えーじゃあ私は誰がぽんぽんしてくれるのおー誰かぽんぽんしてえー」と思ってちょっぴりさみしくなりましたとさ。
私のハンサムさん、大募集中(爆)
okosama
じじょくみさん、薫の君だ…。(まだ見てます)
じじょうくみ子 Post author
>>okosamaさま
ボンジュール、マシェリ・ラ・プペ…
(私もまだまだ見てます…なんかドエらいドログロになってて涙が…とまりません…)
okosama
いやいや、話を戻して…
確かに年をとると、怒る力と眠る力が衰えますねー。A部署の女子達、徒党を組んで怒れるなんて、エネルギー有り余ってますね。
じじょうくみ子 Post author
>>okosamaさま
ホントですよ、最近すっかり寝だめができない体になりましたよー。年寄りが早起きになるメカニズムもばっちり解明できてます(泣)
怒ったり喜んだり落ち込んだり、20代女子たちのストレートな感情表現に若さを感じる今日この頃。いやホント、あんなに忙しいのに、ホント元気だわマジリスペクトだわー。
でもこれがさらに年齢アップすると、今度は怒りのエネルギーが再び充満していく気もします。お年よりの方々、なんだかすごく怒っておられるイメージ。そのぶんどこか削られたりするんでしょうか?
ぽこ
84歳の父は、すご~く若く見られることを内心自慢に思っているらしいのですが、「最近、怒りを抑えられなくなった。これは老化だ」と常々言っております。
そういえば、世の中にはイラついているじ~さん、多い気が・・・
怒りもエネルギーなら、それを抑えるのもエネルギー、なのかなぁ。
それにしても、ブライちゃん、けなげで可愛い。
じじょくみさんの姐さん気質も素敵です。
じじょうくみ子 Post author
>>ぽこさま
こんにちわ〜コメントありがとうございますっ(*^_^*)
なるほど、年を取ると「怒りを抑えているパワー」が不足するのでしょうか。でもお父様、外見だけでなくハートもお若いのでは。だから怒りのパワーがあるのでは?と思ったりもしますね。あと、ホルモンやら何やらいろんな分泌物が減ってくると、些細なことで「プンスカスイッチ」が入ってしまうのかも? うーむ、まだまだそのあたりはメカニズムが解明されてませんね(^^;)
あと私、まったく姐さん気質じゃないんですよ(笑) だからこのハンサムシチュエーションに「ちょ待って違う違う今のなし!そういうのと違うから!!」と自分で自分にビックリでした。
爽子
あー、ぽんぽんされたーーい。笑
新入社員で初めて迎えた夏、先輩に命じられて、エアコンのついてない灼熱の倉庫で空箱の整理を八人も新人がいたのに、たったひとり、とほほ状態で倉庫で作業始めると…突然、エアコンが動き始めたのです。倉庫のエアコンの電源は、二階の事務所でしか入れられないんです。
事務所のベテラン庶務の女性が、音もなく席を立ち、スイッチを入れてくれたのが目に浮かびました。
明らかな意地悪も、黙って引き受けるしか術がなかった要領の悪さを、それも黙って見守りつつ、がんばって!と励まされてるような気がして…
元気出そうと涙ぐみながら、作業続けたのを思い出しました。
懐の深い、大好きな先輩でした。
そんなことも、蘇って、ウルルン状態です、じじょくみさま。
そして…、いやいや、そんなキャラじゃないしーと、尻込みしたくなるのも、なんとなく、わかりますわかります。ウフフ
アメちゃん
おはようございます!
高齢の方が怒りを抑えられないのは
加齢とともに、理性を司る前頭葉の機能が落ちるからだって
脳科学者か誰かが言っていました。
私もよく、お年寄りが起こす事件のニュースを聞くたびに
「年取ったら、人間丸くなるんちゃうんか!?」
と、疑問に思ってたのですが
脳の老化が原因と知って、納得しました。
(ぽこさんのお父様の持論は正解です。)
私の父も、年取って
怒りっぽいというか、、
自分の思い通りにならないと、すぐイラつきます。
なんだかな〜、、と思います。
じじょうくみ子 Post author
>>爽子さま
おはようございます、コメントありがとうございます〜(*^_^*)
いやあ、いい話ですね! 私もちょっとウルッときちゃいました。。。
懐の深い先輩ですね、懐の深い、懐の深い…(唱えたら深くならないかな懐…)
私もぽんぽんされたーい。しょうがないので、お互いぽんぽんしますか?(爆)
じじょうくみ子 Post author
>>アメちゃんさま
おはようございまーす♪コメントありがとうございます(^^)/
なるほど、高齢になってからのプンスカは肉体的な理由なのですねー。
だからあんな風に、突然火がついたように怒り出しちゃうのですか。
それはそれでなかなか体力が必要そうですね(^^;)
怒るのがいいのか、怒らないのがいいのか、よくわからなくなってきましたが
とりあえず今は体力ないのでおとなしくしてます(笑)