ビッグスケール、イズミンあらわる!
先日、高校受験真っ最中の姪っ子イカピーに激励の電話をしたところ、「くみちゃん、幸せになってね…」と逆に励まされました。
あらいやだ。受験生に本気で激励される四十路女ってどういうことかしら。ねえ間違ってる? アタシ生き方間違ってるの誰か助けて?? と受話器眺めて人生見つめる、こんにちは、あなたのじじょうくみこです。
幸せになる、といえば思い出す人物がおります。
それは私が派遣OLとして珍獣パラダイスで働き始めて、しばらくたった頃のこと。(珍獣パラダイスって?という方はこちらやこちら)。中途採用で新しいメンバーが加わるという噂を耳にしたのです。珍獣男子のことですから詳しい情報は明かされず、「タナカイズミさんという30代の人らしい」という話だけが伝わってきて、男くさい職場に女子が入ってくるのか大変だろうけど私は嬉しいなあ、などと楽しみにしていたのです。
ある日いつものように出社すると、見知らぬ坊主頭の男が私の後ろの席に座っておりました。スキンヘッドに近いハードな刈り込み。スーツの上からでもがっちりした体躯が見て取れる背中。一見するとコワいお兄さんかと思わせるその人物は、なぜか頭にモフモフしたピンク色のイヤーマフをつけて、一心不乱にパソコン画面を見つめていたのです。
ガチムチ坊主とモフモフピンクという、なんともミスマッチな出で立ちに意表を突かれた私に気づいたのか、その男はいきなり振り返って立ち上がりました。
たとえて言えばそう、仮面ライダーをやっていた若き日の藤岡弘、が
女子好きしそうなピンクのマフをつけて
つぶらな瞳をキラキラさせながら私の両手をがっとつかみ、
「どうも初めまして~。タナカイズミですう~よろしくお願いしますハッハッハッ」
腹式呼吸のよく通る声で、フロア中に響き渡るほど高らかに笑った男。それがタナカイズミ、通称イズミンでありました。
後にイヤーマフは付録用に開発されたヘッドホンだったことが判明しましたが、私が働いていたのはそんな付録を作る商品開発部でありました。付録というのはいわゆるおまけ的なものから衣類、食品、家電に至るまで多岐にわたります。そのため部署にはデジタルに強い人、おもちゃ作りに長けている人など、各分野に精通した人がそろっておりました。ところがイズミンはおもちゃに詳しいわけでもマーケティングに精通しているわけでもない、商品開発も印刷物も未経験という。ズブの素人である彼がなぜ採用されたのか、最初は誰もが首を傾げていたのです。
けれど私も働いてわかったのですが、付録っていろんな思惑がうずまく商品なんですよね。営業の人は「売れる付録を作れ」という。メイン媒体の人は「だっておまけでしょ」という。他社ブランドとコラボすれば激しい駆け引きが起きるし、海外の製造工場では想定外のことが日々起きる。リリースしたら今度は買った人から「付録欲しさに買ったのに金返せ」とクレーム来るし、逆に「付録なのに質がよすぎる」と言われたりもする。いいものを作っても作らなくても怒られる、付録という存在のなんという不思議。
そんな付録の制作現場をハンドリングするには、企画力やクリエイティビティ以上に折衝能力が重要になります。その意味でイズミン以上に適した人材はおりませんでした。ややこしい各部署とのすりあわせが、彼の登場であっさり解決。なにかとゴネてくる海外企業との交渉も、鶴の一声で納期厳守。激怒してクレームしてきたお客さんが、彼が電話に出ると「いいものを作ってくれてありがとう」と喜んで受話器を置く。信じられないことが彼のまわりで次々に起こり、イズミンの名前はまたたく間に社内に広まっていったのです。
しかし。こうしたイズミンの並はずれた人心掌握術は、はたから見ているぶんには「すごいなあ」で済むのですが、いざ矛先が自分に向かうとドエラいことになります。なにしろこの男、全てにおいて型破り。「企画書を1枚も書かないまま部長プレゼンで決裁を取った」とか「1枚もラフを書かないまま付録を作った」など数々の伝説を持つ彼は、私が担当する印刷物の打ち合わせにも当然のようにカラダひとつでやってきました。そしてこういう商品になります、こんな機能があります、納期は1ヶ月後です、で「あとよろ〜」
つまり
いわゆるひとつの 丸投げ ってやつ?
百歩譲ってヨシとしましょう、やれと言われればやりますよね大人ですからね。で、イズミンから入念にヒアリングしながら原稿を作り、逐次チェックしてもらい練り上げ、微調整に微調整を重ねてこれでOK!というところまで来て外部に発注して、ゲラ(校正紙)が上がってくる。そのタイミングでイズミンは今ある構成をブルドーザーよろしくズザザザザと根こそぎ捨て去り、全く異なる構成案を持ち出してひっくり返すのです。
それって
いわゆるひとつの 反則 じゃないですかあ?
さすがの私もそこまで事情はくめません。それでも困ったことに、イズミンが持ってくる案は前よりはるかによいものになっているのです。だから誰も何も言えなくなる。この人となら面白いことができそうな気がする、という予感も抱かせる。でも、なんか悔しいし虚しい。イズミンの現場では、常にそんなやる気と怒りが熱く充満しておりました。
同じようなことが何度も続くと、さすがにこちらも消耗してきます。ある日とうとう私は「どうして最初からこの案を出してこないんですか。こちらが時間をかけて作っても、結局全部壊されてしまう。それなら私は必要ないんじゃないですか」と怒りをぶつけたのです。私が声を荒げるなんて、めったにないことです。するとイズミンは立ち上がり、
「違うんです。じじょうさんがこうして原稿を書いて形を作ってくれて初めて、僕にもアイデアが湧くんです。つらい思いをさせてしまったのなら謝ります。でもじじょうさんがいないと僕、何も作れません! 頼むから助けてください!!」
やだっ
心が洗われるっ
いやマジでね、「人たらしってこういう人のことを言うんだわ」と思いましたね。しんどいけど楽しい。厄介だけど憎めない。イズミンと仕事をした人は、男も女もみんな彼を好きになってしまうのでした。
そんな日々をしばらく過ごした頃のこと。部署の会議で最近入ったばかりの新人女子が、おもむろにこう言いました。
「突然ですが、私、うちで2人目のタナカになりました」
最初は何を言っているのかわからず一同きょとん。タナカ。 タナカって誰だっけ。
「………」
「…………」
「……まさか…」
「はい、イズミさんと結婚しました。そしてお腹に赤ちゃんが♪」
ええええええええええ〜〜〜!!!!
やるやるとは思っていたけど、まさかひとまわりも年下の女子を落とすとは。イズミンつきあって3ヶ月でおめでた電撃婚の知らせは、社内のどこかで女子の悲鳴が聞こえるたびに「あ、伝わったんだな」とわかるほどセンセーショナルに広まり、「俺でも若い子とつきあえるチャンスがあるかも♪」という男子の興奮と「イズミン、お前もか」という女子の落胆がしばらくの間社内を駆けめぐったのでありました。
その後、イズミンは豪腕を買われて海外支店の支店長に任命され、新妻を連れて遠い異国へ旅立つことになりました。そしてその時初めて、私は彼が40手前のアラフォー男子だったことを知ったのです。彼は去り際に私のところやってきて、いつものキラッキラした目を輝かせながらこう言いました。
「じじょうさん、お先に幸せになりまーす 😆 」
ぶ、ぶ、ぶ、
ぶっころす 逝かせてさしあげるわ
最後の最後まで憎たらしいイズミンでありましたが、しかし5つ下だったのか。なんだなんだ。だからどうなんだって話ですけど、なんだろうこの損した気分。
とりあえず幸せ手に入れるならビッグスケールで攻めていけ、という四十路独女の戒めってことでひとつよろしくお願いしますm(_ _)m
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
花緒
面白かったです(*^o^*)
イズミンさん、すごい人ですね!
ところで5つ下だったのかっていうのは…。
もっと若いと思っていたのが意外に近いという事だったんですか?
それとももっと年上に見えていたんでしょうか?
聞いたところで私には関係ないんですが、(^^ゞ
じじょうくみこ Post author
>>花緒さん
こんにちわ♪コメントありがとうございます〜(*^_^*)
いやー他の男子と同じくらい(30前後)と聞いていたので、
てっきりもっと年下かと思っておりましたの。
だから後で年を聞いて「なんだよ守備範囲だったのかよー」と。
いや別にだからといってどうこうってことはないんですけどね(笑)
いろいろ油断してちゃダメだなーと思った次第(そこ?)
中島
イズミン、モウレツー
藤岡弘、も画像だけなのに存在感ありすぎる。
最近TVでは塩顔とか草食系、身近には油の抜けきったおじさんに囲まれているせいか、胃もたれおこしそうですわ 笑
でも引っ張ってってくれる男といれば、人生何も考えなくても良さそうで気楽に過ごせるかも?!
じじょうくみこ Post author
>>中島。さま
こんにちわ〜。うほっ慶子さまにコメントいただけて嬉しい♪
そして私もね、お腹いっぱいですわ(笑)
若い頃はああいう強引な男に惹かれた時代もありましたが
あるときイズミンから
「出かける時は行き先や入る店、食べるもの、滞在時間まで
全てスケジューリングしないと気がすまない」
と聞いた時にドン引きしました。
行き先どころか宿も決めずに旅に出る私とは真逆!!
okosama
ツイッターからの珍パラ ∋ イズミン。久しぶりですね〜 (´∀`)
私も幸せになりました!って、じじょくみさんはイズミンにお知らせされたのでしょうか?
それより、過去記事コメントに気づいてくださるでしょうか(笑)