前から来たオヤジが、チッと舌打ちをして、負けるが勝ちの意味を知る。
団子坂上の交差点から団子坂下の交差点に向かって、団子坂を下る。
団子坂下の交差点を右に折れるとすぐに東京メトロ千代田線の千駄木の駅がある。朝の七時、八時はその駅で降りてきたサラリーマンや高校生が大勢、団子坂を上がってくる。ぐいぐいと上がってくる。こちらは、下っていく。ぐいぐいと下っていく。
歩道が狭いので、上からも下からもぐいぐい歩いて行くと、互いにぶつかってしまう。ぶつからないように、みんな少し身体を寄せてすれ違う。たがいに気を遣っていると、それがうまくいって気持ちが良い。でも、どちらかがぐいぐいした行動にぎすぎすした気持ちを乗せていると、たいがいちょっと肩がぶつかったり、肩がぶつからないまでも、ちょっとばかり気持ちがぶつかって、ぎすぎす具合が増してしまう。
が、時々だけれど、もう最初からぐいぐいとぎすぎすが、マシマシになっているような人がいる。今日すれ違ったオヤジがそうだった。オヤジが、と書いているがもしかしたら、僕よりも年下かもしれない。だいたい、ぐいぐいしていたり、ぎすぎすしている人は年齢が上に見える。
そのオヤジはどうにもこうにも、家系ラーメンが好きそうな、ぎとぎとしたニュアンスを身にまとっていて、最初から道を譲る気もなければ立ち止まる気もない。どう見ても、まっすぐにこっちに向かって突き進んでくるのだ。ながらスマホもやらないで。
ながらスマホで歩いてくる人を見ると、命知らずかとは思うけれど、最近はすっかり慣れてしまって、驚きもしない。しかし、歩きスマホもしていないのに、まっすぐに突き進んでくるオヤジというのはなかなかに斬新で凶暴で驚愕すべき存在である。
そのオヤジが、ぐいぐい来たのである。団子坂を上がってきたのである。団子坂を下っていく僕のほうにまっすぐにぐいぐいとぎすぎすとぎとぎとと突き進んできたのである。
そして、僕の真ん前に来ると…。というのは、僕の前後の人たちがみんな左側歩いていて、向こうから来る人たちも左側を歩いていて、ようするにちゃんとすれ違えるように歩いているのに、そのオヤジだけが前後の何気ないムードを無視して、右側通行で、僕の真ん前にずずいと現れたのである。
そうなると、当然、偶然でなく必然として僕とオヤジは鉢合わせである。そして、どうみても、オヤジが道を譲るしか方法がないのである。なのに、オヤジが上がってくる。僕が下っていく。僕の隣にはオヤジの前を上がってきた人がいたので、避けようがない。
仕方がないので、僕が立ち止まる。いったん、立ち止まって前後の人たちのなかに隙間を見つけて、僕かオヤジが衝突する瞬間を回避するしかないのである。
それなのに、オヤジは立ち止まった僕の真ん前ぎりぎりまで間合いを詰めてから、僕をまっすぐ見つめて「チッ」と舌打ちをする。そして、「ふん」とうなると、僕の肩をぐいぐい押しのけたのだった。まるで、西部劇のカウボーイがバーに入っていくときの、ほら、あの足下には仕切りがなくて、胸元あたりにだけ、四角い木の仕切りがあって、押しのけて入ると、しばらくぱたぱたしている、あのドアになったような気分だった。
若い頃の僕なら、振り返って、文句の一つも言ったのだろうが、いまの僕はあきらめムード満載である。ただ、やっぱりいやな気持ちにはなっている。なってはいるが、振り返って、そいつもこっちを見ていると、なんだか余計に腹が立ちそうで、そのまま団子坂を下っていく。坂がだんだんと急になっていく。自然と足取りも速くなっていく。すると、不思議なもので、さっきの舌打ちをしたぐいぐいぎすぎすぎとぎとしたオヤジのいやな態度よりも、坂道の勾配に自然に足取りが速くなる自分が面白くなってしまい、前の人に突き当たらないぎりぎりのスピードにまで速度をあげて、団子坂下に無事到着したのであった。
無事にメトロに乗ってから、さて、この勝負、オヤジの勝ちなのか、僕の勝ちなのか。と考えてしまい。いやいや、これが子供のころよく近所の爺様から聞いていた、「負けるが勝ち」ということなのか、と思い至ったのでありました。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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そして、こちらが「ネコのマロン、参院選に立つ。」のサイト
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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okosama
uematsuさん、こんばんは
久しぶりの引き寄せエピソードですね(笑)。
押しやられても文句も言わず、「負けるが勝ち」に思い至るーもしやそれは、加齢記念日では?
nao
あはっ、何かわかります。
相手がよける素振りをしてくれれば自分もよけなきゃと思うのですが
まっすぐ突っ切ってきそうな相手の時は(よけたら負け)と思ってしまいます。
一体何に勝ちたいのやら(笑)
そう負けるが勝ちでよいのです。
ちょっと思い出したのですが、わたくし雪国育ちで、当時、朝雪の積もった道を歩いていると人の歩いた跡に細い道ができて、みんなその通り歩くんです。そこからはみ出すと雪の積もったところに足を踏み入れなくちゃならなくて、靴に雪が入ってしまい靴下が濡れて冷たくなっちゃうんですよ。
そこで一本道を対面から人が来ると、どちらがよけるかはホントに勝負でした。あれは負けたくなかったな~(笑)
uematsu Post author
okosamaさん
そうなんです、ちょいちょい引き寄せます。
まあ、ある意味加齢記念日ですね(笑)
uematsu Post author
naoさん
雪国育ちですか。
なんだか、子供の頃、
雪のある地域に憧れました。
雪道の対決もドラマがありそうですね。