売上が落ちているのである。
いやまあ、僕の仕事の売上のことは置いておいて。他ならぬ、いまこの原稿を書いている、とあるチェーンのコーヒーショップの売上のことだ。なんとも切実なのである。近隣に競合チェーンの店舗がオープンしたことで、売上にもろに影響が出た。さらに追い打ちをかけたのが、他ならぬ自分たちのチェーンの別店舗が近くにオープンしたということなのである。そもそも、コロナで売上が下がっていたところに、人気チェーンの店舗ができ、さらに自社チェーンも今までよりも見栄えのする店舗をオープンしたのだ。こうなると、外からも内からも攻撃を仕掛けられているようなもので、どうしようもない…。
という話を、当事者である店舗でコーヒーを飲みながら僕は聞いているのだ。えっと、直接僕に話しかけているわけではなく、僕の隣のテーブルにいるどうやら店舗の店長と、どうやらエリアマネージャーらしき人物が話している。その声がそれほど小さくもなく、どちらかと言えば楽しそうに話しているので、いやでも僕の耳に届くのである。
まあ、そういうところだよ、という気がしなくもない。自分の担当している店舗の売上が落ちているという話を、自分たちの店舗の中で話していて、それを客に聞かれている。もうこの時点で、「ほらね。そういうところが売上減につながるんだよ」と思ってみたりもするが、なんだかもうこういう光景も不思議でもなんでもなくなってしまったなあ、と僕はぼんやりと彼らを見ながら、ヘッドホンをしたまま音量を最小レベルに下げて話を聞いている。
正解はあるのだと思う。そもそも、こういう話を笑いながらするのはどうかと思うし、自分の店舗でコーヒー飲みながら、客に聞かれながらしているのは常軌を逸しているとしか思えない。普通なら、ちょっと眉間に皺を寄せて、店舗の事務所で、事務所がなければ店の一番端っこの席で、客に聞かれないように最大限に配慮しながら話すべきだ!と思う。それは僕も思ってきたし、それが正解だと思う。けど、いま彼らにそれを要求する気持ちになれないのだ。
もう、いいんじゃないかと。これからの時代を仕切っていく彼らがそれでいいというなら、もうそれでいいじゃないかと。笑いながら売上減の話ができるなら、それはそれで幸せじゃないかと。眉間に皺を寄せながら話してきた僕たちだって、会社のことなんて真剣には考えていなかったわけだし、正直腹の中では「ざまあみろ、俺の言うことを聞かないからだ」と思っていたりもしたはずだ。そう考えれば、健全じゃないか。
ま、客が聞いてるっていうのはどうかとおもうけれど、それだって「もうすぐ、この店なくなるかもしれませんよ」という、今の内に仕事のしやすいコーヒーショップを探しておくための警告と受け取れなくもない。そう思うと、なんだかいいものを見たなあという気持ちになってしまうのだった。古くさい人間なもんで、その日によって受け取り方が違い「何を聞かせてやがるんだ!」と思う事もあるだろうけど。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。
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Jane
自分が勤めている企業と、自分の人生そのものが運命共同体みたいな関係って健全ではないと、私も思います。自分が作った企業ならともかく。そういうタイプなので、従業員にもわがことのように企業の売り上げに一喜一憂してほしいオーナーには、憎らしく思われるんでしょうけれど。「ざまあみろ」という気持ちだって…、ありますね。そう思えるのが幸せっていえば、言えますね。
uematsu Post author
Janeさん
僕はどっちの気持ちもわかるので
なかなか複雑なんですが、
最近は会社経営をさめた目で眺めています。