50代、男のメガネは近視と乱視とお手元用 ~ 41歳の春のこと
41歳の春のこと。
僕はいま50歳で、今年51歳になります。年を重ねると、いろんな感慨があるものですが、
40歳を迎えた頃のことがいちばん忘れがたく記憶に残っています。
三十にして立ちもしなければ、四十になっても惑ってばかり。これじゃあ五十で天命を知るどころか、知ってる店名を忘れて飲み会にもたどり着けないのではないか!
そんなことを思い始めるのがちょうど40歳を過ぎてしばらくした頃です。僕の周囲を見ていても、僕自身を振り返ってみても、だいたい40代の前半が男の人生の岐路というか、山場というか、節目というか。
なにしろ、上田正樹と有山淳二が歌っていたように「あこがれの北新地」で飲むのが大人、という時代でもなくなっている。仕事をひとつ成し遂げて、後輩の育成にあたる、という社会構造でもなくなっている。そんな中で、惑わない40歳なんているのか?と40歳の男たちはたいがい思っているわけですよ。
それなのに、周囲からは「40代って男盛りですねえ」とか、「40代ですか、仕事が楽しいでしょう」とか言われる。「四十にして惑わずですよね」なんてこともストレートに言われてしまう。
正直、「いやあ、そうでもないんだけどなあ」って感じですよね。こちとら、必死で仕事したりしてるのに、40になったからって、なんの確信も持てずにいるんだけどなあ、と言い返したい気持ちでいっぱいなのであります。
しかし、それでも男は健気なんです。いや、少なくとも僕はかなり健気でありました。「そうかオレも、もう40になったんだから何か成し遂げねばならんなあ」とか、「そのためには、何か新しいことを始めないとなあ」とか、「本当の意味で、大人にならなきゃいかんのに、まだまだ子どもだよなあ」とか思っていたんです。
そうやって、気持ちだけは焦りでいっぱいの40歳を過ぎ、41歳を迎える。その時です。「ああ、オレも41歳か」と思った瞬間に、あの歌が頭をよぎったのです。はっきりと極彩色のビジュアル入りで。
♪
41歳の春だから〜
元祖天才バカボンのパパだから〜
冷たい目でみな〜いで〜
♪
そう、『元祖・天才バカボン』のエンディングで流れたあの歌です。オレは、オレは、バカボンのパパと同い年になってしまった。あんなに「憧れのおじさん」と認識していたバカボンのパパと同い年だ!
あの瞬間の、頭が真っ白になったような、泣き出したいような、笑い出してしまいそうな、あの感じはいったい何だったんでしょうね。
なにか、ものすごく後に引けない事実を突きつけられたような、そんな気持ちになりました。そうなのか、オレはバカボンのパパにはなれないのか。オレはバカボンのパパのように「これでいいのだ」とすべてを肯定できるようには悟れないのか。そんな事実を突きつけられて、これからの生き方を問い詰められているような、そんな気持ちになったのでありました。
それからの数年は、「あ、バカボンのパパより1つ年上になった」「バカボンのパパよりも3つ年上なんだなあ、おれ」なんて思うことが時々ありました。そして、そんな気持ちもだんだんと薄れてきた今日この頃ですが、いまバカボンのパパよりも10歳も年上になって、やっと気付いたんです。
バカボンのパパなら、きっといまの僕にも「これでいいのだ」と言ってくれるって。それに気付いただけでも、なんだか、ちょっと心穏やかに生きていけそうな、そんな気持ちがしているのであります。
植松眞人(うえまつまさと)
1962年生まれ。A型さそり座。
兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。
現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
カオリ
有山じゅんじさんの「thinkin’ of you」というアルバムの中に、「50歳」という短い曲がございます。
植松さんにぜひ聴いていただきたいなぁ。
ちなみにワタクシ磯野フネさんよりも年上でございます。
わに
はじめましてなのですが 挨拶 とっぱらって 書いてもいいですか?
あっ 書きます
ワタシの初恋の人は天才バカボンのパパです
結婚するのなら『この人』 と 決めました。
性格ではなく 顔に惚れました。
アニメの人物とは 現実的に結婚が無理なら
顔が似ている コントレオナルドの熊さんと 結婚したいと思いました。
バカボンのパパが好きで好きでたまらず。。。男選びは顔選び。。。
やっとみつけた 85パーセント 天才バカボンのパパに似ているダーさまに
もうアタックかけて 結婚しました。
3人の子供に恵まれ 楽しく暮らしていた ある日
真剣な顔で ダーさまが 「話がある」 と
えーーーっ
最悪な事を考えて怯えていたら
「入院しているオヤジが家に戻りたいと言っている ただ 今退院すると
今後寝たきりのオヤジ お袋一人では世話が難しい。 俺には仕事がある。
できたら 子どもと一緒に 田舎に帰って オヤジとお袋の面倒をみてもらえないか」
なーんだ そんな事か
ほっ
てなわけで ダーさまと離れて(逆単身赴任?)
舅の自宅介護と 姑(足が不自由)の介助が 始まったのが 41歳なのです。
ダーさま バカボンのパパみたいに 「これでいいのだ」 なーんて 明るくおおらかじゃないけど。。。
顔に惚れた弱みで。。。
はははは の 決意の41歳の春でした。。チャンチャン
バカボンのパパ っていう文字に嬉しくなって 15年前の思い出書いちゃいました。
感想のコメントじゃなくてごめんなさい。
うえまつ
カオリさん
「50歳」は聴いたことがないので、聴いてみますね。
有山じゅんじさんでは、「梅田からナンバまで」が、大好きです。
うえまつ
わにさん
なんてドラマティックな人生。
しかし、バカボンで人生が大きく変化しましたねえ。
なんだか、羨ましい気がします。
わに
ご尊父様のご逝去を悼み、ご冥福をお祈りいたします
植松さまの最近のホームページをチェックせずに
お気楽なコメント残して申し訳ありませんでした
uematsu Post author
わにさん
あ、全然、お気になさらないでください。
こういうコラムとプライペートはリンクしているようでそのまま直結ではありませんから。
というわけで、次回もちゃんと書きますよ(笑)
アメちゃん
はじめまして!こんにちわ。
わにさんのお話を読んで感動してしまい、思わずコメントです。
「『こどもと一緒に田舎に帰って、オヤジとお袋の面倒をみてもらえないか』
なーんだ そんな事か。」
って
「なーんだ そんな事か」と言えるわにさん、すごいです。
なんだか、わにさんのおおらかさが素敵だな〜とおもいました。
ちなみに、私も「男選びは顔選び」で
ほんこんが好きです。
「ほんこんみたいな人が、なかなかいない」と、元ボス(社長さん)に言うと
「ぶさいくでアホはいっぱいおるけど、ぶさいくでかしこはおらんからな〜」
と言われました。
や。「不細工だから好き」というわけではないんです。
ほんこんと同じぐらい、佐藤浩市も好きなので、、、。
で。
私の41歳はどうだったかな〜??と思い返してみました。
不景気で仕事が激減で、とにかく仕事仕事のここ数年でしたから
どーんな40代前半だったか、さっぱり思い出せません(~~;)。
いまだ30歳ぐらいのままで止まっています。
uematsu Post author
アメちゃんさん
コメントありがとうございます。
ほんこん、いい顔してますねえ。
わに
植松さん ありがとうございます
二つ前の記事で マラソンのゼッケン 50代から シニア。。。って
どひょーん ああ スポーツの世界だとワタシは立派なシニアだわ。。。。
地元の観光施設? の 年間パスポートは 大人2000円 小人・シニア 800円です。
シニア割引 は 65歳からなので
スポーツやってないワタシ
シニアには まだ 10年あると思ってます(笑)
シニアって ほんとは 何歳からなんでしょうね。。。
アメちゃんさん はじめまして おおらかさ だなんて。。。ははは
ありがとうございます。
uematsu Post author
ま、シニアとかなんとかって、相手からの通達なので、うむむ、と思いながらも、僕は意外に素直に受け入れます(笑)