カフェ小景・テーブルの大小を巡る夫婦の価値観について。
実家近所に新しくできたスターバックス。この店には、四人掛けのテーブルが二つだけある。その日は、たまたま他の席が埋まっていて、四人掛けのテーブルがきれいに二つ残っていたのだ。
四人掛けのテーブルは、どちらも四人しか座れないのだけれど、一つは小さなテーブルを普通の椅子四脚で囲むタイプ。つまり、シンプルで場所をとらないタイプ。もう一つの四人掛けは、大きな一人掛けのソファが二脚ずつ向かい合わせになっていて、真ん中に大きなテーブルがあるタイプ。便宜上、シンプルな方をタイプA、大仰な方をタイプBとする。タイプBは、タイプAの二倍、いや三倍ほどの専有面積を誇っている。
僕はそのタイプAとタイプBの間にあった二人掛けのテーブルに一人で座っていた。そこへ70代半ばとおぼしきご夫婦がやってきた。二人はするすると店内に入ってくると、二つだけ空いていた四人掛けのうち、こぢんまりした方のタイプAを見つける。そこに奥さんが座り、旦那さんがオーダーのためカウンターへ。
しかし、この旦那さんが、オーダーに向かう途中で、でっかいソファのタイプBを見つけてしまったのだ。二人で同じ四人掛けを占有するのであれば、座り心地の良さそうなタイプBがいい。旦那さんはそう思ったに違いない。きびすを返すと、奥さんのところへ行き、タイプBで待っているように言って、再びオーダーのためカウンターに向かった。
奥さんも旦那さんに言われたから、ということで、タイプAから立ち上がり、タイプBへ移動する。が、しかし。奥さんは大きなソファーのタイプBのところまでくると、しばし立ち尽くしたのだ。
「ダメだわ。こんなに広いソファの席を、お父さんと二人で使うなんて。広い、広すぎる。私たちには、さっきの小さなテーブルで充分。食べ物も食べないし、飲み物を飲んだらすぐに失礼するんだから。そうだわ。やっぱり、さっきの小さなテーブルで待っていましょう」
と、奥さんは思った。うん。たぶん。きっと。声は聞こえてないけれど、あの一瞬の複雑な表情は、きっとそんなことを考えていたに違いない。奥さんは、再度、小さなテーブルのタイプAに向かうと、そこに腰を下ろした。
僕はそんな様子を見ながら、まあ、確かにあれだけ豪華に広い席はちょっとたじろぐなあ、と奥さんの行動が自然に思えたのだった。あとは、旦那さんが飲み物を持って来て、「あ、やっぱりそっちがいいかい。じゃあ、そっちへ行くよ」と素直に従ってくれるかどうか。そこが見どころになる。
ちょっとだけドキドキしながら見ていると、旦那さんは僕が想像しなかった行動に出たのである。奥さんに従ってタイプAに座るでもなく、奥さんをタイプBに誘うのでもなく、飲み物を受け取ると、奥さんがそこにいないにも関わらず、タイプBの広いソファに座り、黙ってコーヒーを飲み始めたのである。
その様子を見ていた奥さんは、旦那さんがこっちを見るかと、視線を送っているのだが、旦那さんは一向にこっちを見ない。しばらくして、奥さんは小さくため息をつくと、立ち上がり、旦那さんのいるタイプBへ。奥さんは旦那さんの向かいには座らず、次に来た人が横並びなら相席しやすいだろうと配慮したのか、旦那さんの隣に座った。僕の方から、二人がそれぞれに大きな一人掛けのソファに座っている後ろ姿しか見えない。奥さん、どんな顔してるんだろうなあ。
「この人は昔から、そう。いったん言い出したら聞かないのよ。若い頃から、私の意見なんて聞いたことがない。軽井沢に旅行に行ったときだって、私がバスで回った方がいいと言ったのに、貧乏くさいのは嫌だと無駄にタクシーに乗って、挙げ句の果てにはタクシーの運転手と大げんか。あのとき、あなた私になんて言ったか覚えてる? 『だから、タクシーなんて嫌だって言ったんだ』って、そう言ったのよ。なんでも、私のせいにして」
とかなんとか、奥さんは小さく呟いているように見えたり見えなかったり。でもまあ、夫婦の小さなすれ違いは、ちゃんとあって、それを見ていると、すれ違いの一つもない夫婦なんて、この世にはいないじゃないかと思えてくるのだった。
植松さんのウェブサイトはこちらです。お問合せやご依頼は下記からどうぞ。
植松事務所
植松眞人(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。

















































































