Posted on 2026年2月25日 by uematsu
偲ぶ会でのこと。
享年五十で亡くなったコピーライターの友人がいる。
東京コピーライターズクラブで同じ年に新人賞をもらった同期であり、コピーライターとしては僕の唯一の友人だったかもしれない。彼が亡くなってからアッと言うまに歳月が過ぎて、もう十三回忌だそうだ。偲ぶ会が催されたので、参加させてもらった。
しかし、本当に月日が経つのは速い。ビックリしてしまう。彼が亡くなって、まだ数年しか経たないような気もするし、もっと前のような気もする。まあ、彼の奥様が十三回忌を一年前倒しでやろうとしていたのだから、正確に月日の流れを体感できる人などこの世にはいないのかもしれない。もしかしたら、亡くなってしまった彼だけが、天国から「なにやってんの?」と笑っているような気もする。
住宅街にある、地域の人たちに愛されている居酒屋。その奥の座敷の席で十数人の縁の人たちが集まって、時間を忘れて飲んで食べて、彼のことをずっと話していた。途中、それぞれが自己紹介を兼ねて、彼との関係や思い出を話すところがあった。
この時、僕が思ったのは、彼はこんなにも友だちが多かったんだなあ、ということ。そして、不思議なことにみんなが、「自分はこの程度の友だちだったんだけど」とか「この時期は仲よくしてもらったんだけど」と遠慮がちに話していたことだった。僕にしてもそこは同じで、こんな会に呼んでもらうほど濃い関係じゃなかったんじゃないか。もしかしたら、他にもふさわしい人がいるんじゃないか、なんて考えていた。
それほど、彼は友だちが多く、青山の葬儀場で行われた葬儀は、隣でやっていた著名な女優さんの葬儀よりも多くの人を集めたくらいだ。
だからかもしれない。みんな、彼にはきっと自分の知らないところで、もっと違う表情を見せていたんだろうな、と思いながら遠慮がちに話している節があった。若い頃に一緒に仕事をしたデザイナーも、飛ぶ鳥を落とす勢いだったコピーライターも、いまは違う仕事をしている人も、幼なじみも、みんなが一様にそんな様子を見せていたことに、僕はとても不思議な気持ちになった。
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植松事務所
植松眞人(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。














































































