自称可愛い女とおばちゃんへの、うぬぬぬ〜
また、いつものコーヒーショップの話で恐縮なのだが、まあ、人が集まるところにはいろんな出来事があって面白いのである。ということで、今回はお姉ちゃんである。歳の頃なら、二十歳をちょっと過ぎたあたり。ちゃんと化粧も決めて、今どきのヘソ出しの服を着て、爪だって長いの付けてキラキラのギラギラである。
そんなキラキラのギラギラのビョンビョンに伸ばした爪で、器用にスマホをいじるんだ、こいつが。で、何をするのかというとビデオ通話である。ヘッドホンもせずに。向こうの声が丸聞こえで、僕とそのお姉ちゃんの間にひとつテーブルがあって、そこで話していたおばちゃん二人が、あまりの声のでかさに驚いて口をあんぐり。それでも、お姉ちゃんは気にしない。
「ねえ、今日も可愛いじゃん」と電話の向こうで女の声がする。
「ええ〜、だって、昨日、ネイルも行ってきて、メイクもバッチリだもん」と目の前のお姉ちゃんが答える。
どうやら、今日はこれから彼氏に会いにいくらしい。それまでの暇つぶしのビデオ通話である。
しかし、相手が可愛いって言うのは、わかるけども、その返事はもう自称可愛いである。私は可愛いのよと、このお姉ちゃんは世界の真ん中で、コーヒーショップの真ん中で叫んだのである。
さすがに、間のおばちゃん二人の口はさらにあんぐり。その後も会話が続くので、おばちゃんの一人が、「あの〜、ちょっとだけ静かにしてもらえない?」と声をかける。すると、お姉ちゃん、なんだか鬱陶しそうな顔をしながら、ぶっきらぼうに「すみません」と答える。答えた後は、自分の声を半分くらいに小さくボリューム調整。し、しかしである。スマホのボリュームは調整しないので、相手の声は店内に響き渡ったままなのである。
「ねえ、どうしたの?なんか言われてんの?」とスマホの向こうの女が言う。
こっちのお姉ちゃんはさっき注意されたもんだから、こっちには聞こえないくらいの声で、なんか返事をする。
「ええ!そんなババア、ほっときゃいいじゃん」と電話の向こう。
そうか、こっちにいるお前は小さな声で、「ババアがうるさくて」とか言ったのか。
さすがに焦ったお姉ちゃんはさらに小さな声で、なんか言う。
すると、さっきより大きな声で、電話の向こうの女が、
「ババア、しつけえ〜。うける!」叫んだのである。
黙っていたほうのおばちゃんがキッとにらむ。
さすがに、このままじゃ何かが起こってしまうと思った僕は、おばちゃんたちの向こうにいるお姉ちゃんのところまでいき、「ビデオ通話するなら、ヘッドホン使うとかしてくれませんかね」となるべく冷静に、このおばちゃんたちとは別件の苦情ですが、という雰囲気を醸し出して言ってみる。すると、お姉ちゃんは僕が話し出したことに驚いたのか、視線を外しながら、ほんの少し頭を下げる。
これで一件落着。そう思ったのだ。僕も、たぶんおばちゃんたちも。
すると、電話の向こうの女にも僕の声が聞こえていたらしく、電話の向こうの女が僕に言い返したのである。
「ダサっ!」って。
ええ〜!な、な、何がダサイの。えっと、注意したことがダサいの。言い方?えっ話し方?な、な、なに?そう思っていたら、間にいたおばちゃんが、なぜか笑い出したのである。
「ダサって、ねえ」となぜか慰められる僕。
電話の向こうの見ず知らずの馬鹿女に「ダサっ」と言われ、助け船を出したつもりのおばちゃんに慰められ、呆然としている間に、お姉ちゃんはビデオ通話を切って、そそくさといなくなり、僕は自分の席に座って仕事も手につかずに、うぬぬぬぬ〜となり、ようし、このことを書いてやろうとして、いま書き終わったところなのである。
ちなみに、おばちゃんたちもとっくにいなくなってしまい、さっきの事件を知る者はここにはいない。そして、僕も心の中に小さな傷のようなものがあるのみ、なのである。うぬぬぬ〜。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。