クイっと曲がったら、どうしよう。
今年の4月の始めのこと。ふいに、あそこが痛いことに気が付いたのである。いやまあ、下世話な話で申し訳ない。あそこが痛くて僕はトイレに駆け込んだのである。そして、まじまじと見た。特に何もない。けれど、なんとなく痛い。ここが痛いのか、と触ってみるが何もない。こっちが痛いのか、と触る位置を変えてみるが、そこにも何もない。
へんだな、と思っている間に、痛みもなくなってきて、トイレの中でキツネにつままれたようになる。しかし、場所が場所だけに、男としてはなかなかの恐怖である。ネットでそれなりのワードを入れて検索してみると、なかなか怖いことばかり出てくる。しかしまあ、出てくる病気には心当たりがないので、近所の泌尿器科に行ったのである。
考えてみれば、泌尿器科にかかったことはこれまで一度もなく、待合に座っている間に、どんどん怖くなってくる。先生は僕のあそこを見るなり「これはいかん、いますぐ切ります」なんて言ったらどうしよう。もしかしたら、わが息子と一緒にここを出られなかったらどうしよう。ポケットの中で愚息にそっと触れつつ、「大丈夫さ、きっと大丈夫だよ」とほとんど声に出そうになりながら待っていたのだ。
優しそうな看護師さんに呼ばれ、品の良さそうな僕よりも一回りくらい年下に見える男の先生が「どうしましたか」と穏やかに聞いてくれる。僕が「実はですね。時々痛いのです」と答えると、先生は「いつもですか?」と再び聞く。僕が「いいえ、いつもというわけではなく」と答えると、先生は答えを遮るように「勃起時ですね」と声を一段高くして言う。「はい、たぶん」と僕が自信なさげに答えると、先生はテレビで見た名医のごとく薄いゴム手袋をササッとはめて、ふむふむと言いながら、僕のあそこに触れつつ「ペロニーだな」とつぶやくのだった。
ペロニー?ペロニーってなんですか?という僕の問いに先生は「ペロニー病、またはペイロニーなどとも言いますが、まあ、珍しい病気ではないのです。しこりのようなモノができまして、これが触ったり勃起したりすると痛みがともなうんですな」と笑う。
それは、特に悪い病気ではないんですか?と恐る恐るたずねる僕に、先生は笑いながら「まあ、痛みはそのうち治ると思います。ただ、まれにクイっと曲がることがあるんですがね」とサラッと言うのだ。
え?まがる?クイっと?と僕が驚いていると先生は「うん、90度に曲がる人もいるね」と今度はやたらと深刻な顔をしてみせる。いや、先生、笑ってる場合ではないのよ。90度も曲がったら、えらいことなのよ。おしっこもしにくいし、お風呂に行っても恥ずかしいじゃない、と怯えていると、先生は「まあ、曲がらないことも多いし、曲がっても、ちょっと反るくらいの人もいるし、ちょっと反るくらいなら、逆にカッコいいという人もいるしね」と、僕を安心させようと、朗らかに言うのだ。
というわけで、この4ヵ月間は、クイッと曲がるのか、曲がらないのか、という恐怖の日々だったのである。で、僕はといえば、曲がらずに痛みも治まり、無事にほぼ完治を迎えているのである。先生に「結局、これは何が原因なんですか」と聞くと、「まあ、大きく言えば加齢ですね」と。
歳をとって病院に行くと、いままで聞いたこともなかったような病名を聞かされるということなのである。しかも、その若い頃知らなかった病気は、そこそこの年寄りにはそれなりにお馴染みの病気だってことに驚くのである。
ペロニー病、足底腱鞘炎、ばね指、ガングリオンなど。いやまあ、人はいくつになっても知らないことだらけだよ。そう思って病院も待合室で、年寄りの会話を聞いていると、まるで人生という冒険旅行の途中経過を中継し合っているようにも聞こえるのだった。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。