あしたうちにねこがくるの
先日、以前一緒に働いていたEさんからメールをもらった。
「カラスにやられそうになっていた子猫を保護して、貰い手を探しています」
と書いてあった。
ここのところ、どういうわけか周囲で猫を飼う機運が高まっていて、この2ヶ月くらいの間にも、2度ほど里親の話が舞い込んだ。
同僚のSさんとTさん、それから妹のとこと、手ぐすねをひいて待っている人たちがいて、保護猫の情報が入るたびに、色めき立っては、タイミング合わず貰い手が決まってしまう、ということが続いていた。
今回は、保護した4匹のうち、3匹は貰い手が決まって、あと1匹の行き先を探している、とのことだった。
Eさんが送ってくれた写真は、生後2ヶ月くらいのキジトラ。
もうせん、飼うならタロさん(実家の初代猫)と同じキジがいいなー、と言っていた妹に連絡してみると、
「えー!わー!ついにッうちに猫がッ来ちゃう!」
と、はげしく動揺しつつ「見に行く」と即答のメールが返ってきた。
というわけで、灼熱のひるひなか、猫バスケットを持って電車に乗っている。
バスケットのなかは、空である。
吉祥寺で井の頭線の電車に乗り込むと、乗客たちがバスケットをちらっと見る。なーんだ、空か。
今はまだ、バスケットは軽いけれど、帰りにはもしかしたら、ここに猫が入っているかもしれない。私が持っているのは、そういう、バスケットである。
そして、数年前にスマを引き取りに新小岩に行ったときのことを思い出す。
あのときは、バス停で待っていたら、まわりじゅうみんなバスケットを覗き込んで、話しかけてきたっけなあ。
みんな、声に出して「猫?」「なんだ、いないの?」と口々に言った。
井の頭の人々は、奥ゆかしい。
妹と待ち合わせして、バスに乗り、言われたバス停でおりると、E さんが待っていてくれた。
ちなみにEさんと私は、今まで一度もしごと以外で連絡をとりあったことがない。連絡先も、職場でもらった緊急連絡網のプリントで知るのみだ。
Eさんが「だれか猫好きな人!」と思って思いついたのが私だったと思うと、私もなかなか名誉な猫好きということである。
件の子猫は、Eさん自身が保護したのではなく、同じマンションで保護猫の活動をしている人が見つけた兄弟猫の1匹で、E さんはときどきその手伝いをしているのだ、と言っていた。
そのマンションには他にもなんにんか、そうした「猫のおばさん」がいて、よってたかって手伝っているそうである。
Eさんが仕事を辞めたあとそんなことをしているなんて、だいたいEさんが猫好きだったことも、わたし知らなかった。
「別にそういうわけじゃないんだけど」と言いながら、アレルギー持ちではげだらけだったという黒猫を、半年も預かっている。りっぱな猫おばさんである。
マンションの外階段には、「猫のえさやり禁止!」と札が下がっていて、なんだか笑ってしまう。
子猫のかわいさというのは、破壊的だと思う。
キジトラのオス、暫定シャーちゃん(保護したときシャーシャーいっていたから)は、やや警戒気味だったものの、Eさんが抱き上げて妹のひざにのせると、スカートのくぼみにすっぽりと体を入れておとなしく抱かれている。
ふだん、猫はおとなのほうがだんぜん面白いんだ、と公言している私だけれど、そんなものは本物の子猫の前で、雨にぬれた角砂糖のごとくである。
耳が大きい、首のまわりの毛が少し長いね、前足がしっかりしていて、えらいねえ。
「私がだっこしてもすぐに逃げていたのに、相性ってあるのねえ」
今までこんな態度見たことない、くやしいくやしい、と猫を保護した本人のHさんとEさんが褒めちぎる。
そして、みんなで気持ちがもりあがって、Eさんが「おかあさんだよ、よかったねえ」と言ったので、あっと思ってブレーキを踏んだ。
妹は、たぶん迷って、ちょっと困ってる。
猫を飼うのは、大きな決断である。
ほしい、ほしい、と思っていても、いざそのときが来たら尻込みして当然だ。
実家ではずっと猫を飼っているけれど、そのことと、「自分が猫を飼うこと」はやっぱり全然違うのだ。
ほんとうにやっていけるだろうか、相性は?子どもがいるけど大丈夫?ほんとうにこの子でいいの?
飼う、飼わない、この子を引き取る、今日は見送る、いろんな選択肢が目の前に次々とあらわれて、どうしていいのかわからなくなる。あともどりはできない、と思う。
「どうする?今日は帰って、どんな感じだったかKちゃん(妹の夫)に話してみる?」
と水をむけると、妹はうまくキャッチして、
「そうなんです、夫は動物を飼うのがはじめてで、じつは猫だったらメスがいいな、とかっていろいろ想像しているみたいで…」
と逡巡を口にした。
それでみんな我に返って、そうだよね、そうだよね、と言い合った。
でも、いまや腕にあごをあずけてゴロゴロといいはじめたこの猫と別れるのもしのびなく、「押されないと決められないかも…」と言いはじめた妹に、
「じゃあ、いっちまえ」とけしかけて、結局、「いちおうお試し一週間」ということにして、連れて帰ることになったのだった。
じっさい、一度連れて帰ったら、やっぱりやめましたと安易に返すような妹ではない。だからこそ、「何かあったらあともどりできる」という余地を残してもらったことは、とてもありがたいことだった。命のことであるだけに。
帰りのバスの中、妹の膝にはすっかり重みを増した猫バスケットが乗っている。
猫の重みのすばらしさ!
妹は、駅まで10分ほどのあいだに、「うちに猫がきちゃったよ…」と7回くらい言っていた。
いやー、きちゃったねえ、きちゃったよー。あのふたり、すごいすごいと言っていたけど、あれセールストークかな、どうだかだねえ。
うまくいけば、これから十数年、この猫は妹の家族と生きていくのだ。今8歳の息子といっしょに、大きくなって、やがて追い越していくだろう。
妹の家で子猫はぶじ、ダンボハウスを作ってもらって落ち着いた。
それが昨日のことで、いらい妹は、
ノミがいるかもしれない!と動物病院に走り、寝るとき用のケージを買い、
「まだ警戒している!慣れる日は来るのか」(昨日の今日だよ)
「引き出しにかくれていて、ごはんのときだけ出てくる!」
「いまうんちをした!砂をかけまくっているが砂が足りないのか!」
とひんぴんとラインをおくってくるので面白い。
実家で猫を飼っていたのに(笑)
ティーちゃんがうちにきたとき、もう一生慣れないんじゃないかと、しょっちゅう泣いていたことが懐かしい。
どんな猫でも、いつかは慣れる。その猫なりのやりかたで。
【ご案内】
茅野のアノニムギャラリーでの祖父の展示、開催中です。
おかげさまでいろいろなかたが見に来てくださって、初日には、この「どうする?Over 40」の読者のかたとの嬉しい出会いも!
ギャラリーは、八ヶ岳や蓼科も車ならすぐ、近くには縄文遺跡がたくさんあって、夏休みにぴったりのところです。
ギャラリー自体の美しさも、必見です。
お近くにおこしの際は、ぜひお寄りください。
「僕の人形 原田栄夫作品展」 〜7/31まで
アノニムギャラリー
長野県茅野市湖東4278
11:00−18:00 水・木曜休み
By はらぷ
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。はらぷさんのブログはこちら。
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