ああ、親子。夏休みと学期末のあいだ。
家出から帰ると
そこはキャンプ地だった。
「昨日は夜中 暑くてさ~
2階では眠れないから、お父さんと下で寝ようとたいへんだったんだ」
4日前の罵詈雑言の主は、
リビングがキャンプテントさながらになっている理由を熱く語った。
先週水曜の夜から家出をした。
数日来の息子の態度が腹に据えかねた。
きっかけはささいなことだ。
模擬試験前日の土曜、
お友だちと図書館で友勉をすると言うのをわたしが止めた。
今までなら、息子は不承不承こちらの指示に従ってきた。
けれど、土曜はそうではなかった。
「雨でもなんでも。ぼくは行くと言ったら行く」。
勝手にしなさい、とわたしは言った。
勝手にする、と息子は言った。
日曜の模試の結果は、案の定惨憺たるありさまだった。
「これでもあなたは、昨日図書館に行くべきだったと思っているの?」
言うべきでないと思う言葉が、言うべきでないのに転がり出る。
それでもここで釘を刺さなければ、
へらへら坊主はへらへらと同じ失敗を繰り返すだろう。
こちらがああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。
水かけ論は深夜に及んだ。
過去、と言っても数年前の、
些細な、と言っても本人には深刻だと言う、あれやこれやを洗いざらい。
「ともかくお母さんはいつだっていちいちうるさいんだ!」
「ぼくは… ぼくは、おかあさんに虐げられてきたんだ!」
11歳の息子は言った。
「そんなことを言うもんじゃない…」。
「母親っていうのはいちいちうるさいものなんだ…」。
シュジンは、息子を強く諌めるわけでなく、
わたしを擁護するそぶりもなく
いつもどおりの単調さでこう付け加えた。
「いいか。諦めるんだ。二人とも」。
シュジンの単調な言葉を弾き飛ばして、
わたしたちの言い合いは続いた。
大人の正論と子どもの正論のあいだ。
巨大磁石の反発現象は、突如雷雨の日にやってきた。
もういいです。
あなたがそこまで言うのなら。
わたしは生まれて初めての家出を決意した。
アタマの半分はカッカと興奮しているのに
残りの半分は、それから数日の用事をパタパタと表示して
「このタイミングの家出は面倒だぞ」と警告灯を点滅させた。
学期末の個人面談。学校の夏休みのプール当番前のAED講習。
一日おいて、役員をしている子ども会主催の公園の草取り。
数日後にはこれまた子ども会のリクレーション。。。
車のトランクには
子ども会の会計資料と学校用のスリッパ
虫よけスプレーと草取りスコップと日よけの麦わら帽子…。
図書館で予約していた本をピックアップして
お習字道具も積みこんだ。
ネットで予約したビジネスホテルは駅前だった。
家出の前にあれこれ用事を済ませ、塾に行っている息子と鉢合わせないように家を出た。
チェックインしたときには、前夜の不毛なバトルの疲労のせいか頭痛がした。
ドアは片手では開かなかった。
仕方なく荷物を床に置き、部屋に入ると鉄の扉がガチャンと閉まった。
この音に聞き覚えがあった。
むかしむかし。お見合いしたお相手の、遠方のご実家へ一人で行くことになった。
それほど形式ばったお付き合いでもなくて、「夏のお祭りにいらっしゃい」と
あちらのお母様からお声がかかった。
お父様は既に他界され、日頃はお母様お一人だというご実家にお邪魔して
お母様とお相手とわたしの三人で夕食をいただいた。
お祭りのその晩は先方の気遣いで近くにホテルをとっていただいた。
翌朝迎えに来て下さるという段取りで、生まれて初めて一人でホテルに泊まった。
「ホテルの朝食が好きだって言ってたけど、今日は、うちで朝ご飯を食べて」。
にこやかに迎えに来て下さったあの時の男性は、
今思い出してもわたしには身に余る、善良過ぎるひとだった。
ガチャン。
シングルルームの鉄扉の音は、良くも悪くも日常からわたしを切り離す。
ガチャン。
そこにあるのは、わたしはどちらへ向かうのかという押しつぶされそうな寂寥感だった。
あの港町のシングルルームから何年経っただろう。
あのときの男性がとてもご活躍だという風の噂を聞いた。
お母様もきっとお喜びだろう。
こころから、こころからお喜び申し上げる。
さて。
何の因果か、「家族」とい摩訶不思議な網の目に捕らわれたわたしたち三人。
くんずほぐれつの旅は かなしいかな続けざるを得ない。
まったく。
あのあほ息子とたんぱく質シュジンめ。
土曜の朝。
息子から携帯にメールが入った。
「本日は晴天なり」。
雷雨のち晴れ。晴れのち…。
ネットの三泊お得パックを消化して、わたしの夏休みが終わった。
くるりん
おかえりなさい。(^-^)
サヴァランさま。
感情のままに気持ちをぶつけてくれる息子さんで良かったですね。
胸にためていた色んな思いを、子供のうちに感情のままに親にぶつけることが出来る。
そのことがどれほど幸せなのかを、息子さんが理解するのは多分しばらく先の話ですね。
nao
おつかれさまでした!
渦中の方の大変さはあるのでしょうが
私には、この家族関係がうらやましく感じます。
息子さん、順調に成長なさってますね^^
中島
ご主人の 「いいか。諦めるんだ。二人とも」
ここ良いな〜
そして全く無視されている立ち位置も楽しすぎる^^
喧嘩してもすぐに仲直り出来る良い母子関係ですねー
okosama
母「あんたも親になったら分かる!」私「そしたら、今分からなくても仕方ないやろ!」
子どもの頃の母娘ゲンカを思い出しますわ。(笑)
小中高校は、昨日から夏休みでしょうか。
サヴァラン Post author
くるりんさま
たいへん遅くなりました。
恥ずかしながら帰って参りました。
> 胸にためていた色んな思いを、
>子供のうちに感情のままに親にぶつけることが出来る。
>そのことがどれほど幸せなのかを、
>息子さんが理解するのは多分しばらく先の話ですね
上のお言葉、胸に沁みます。
息子の憤懣、やるせなさ
同じ年頃の自分の記憶とも重なります。
わたしと息子は
「お互いに出来の悪い似たもの親子」。
今現在実感できている
今回の出来事の収穫でございます。
サヴァラン Post author
nao さま
お返事遅くなりました
息子の成長
順調とおっしゃって頂いてありがとうございます。
ぐらっとくるほど嬉しいです。
生まれたときには
「母子ともに順調」
今は
「子は順調。母絶不調」の暑い暑い夏でございます(笑)
サヴァラン Post author
中島。さま
シュジンの「諦めろ」
わたしもこれが正解なのだと思います。
相手をねじ伏せて
自分の主張を100%押し通すことは
どこの世界でも無理なこと。
いいこと言ってるのに
いかんせん
勢いがいつも足らない
ザンネンなシュジンでございます(笑)
サヴァラン Post author
okosama さま
お返事遅くて失礼いたしました。
小学校の夏休み
今日から2週目に入りました。
okosama さんとお母様のやりとり。
深い!!
わたしも同じような悶着、
過去にさんざんやりました。
今もむかしも
親と子のあいだには
目に見えない深い川が流れているのかもと
ぼんやり思ったりします。