チューリップパーティー
昔、実家の向かいはニセアカシアやエニシダが自生する明るい空き地でした。奥に白い家と芝生のきれいなお庭があり、空き地の縁にその家まで伸びる細い私道がありました。
春、そのお宅ではお客を招いてチューリップパーティーを開きます。
よそ行きを来た女の子などが細い私道を歩いて、白い家に入っていくのが私の家から見えたものです。
その家のおばさんは毎年パーティーにむけて造園業者を呼んでチューリップの花壇を準備していました。
その頃私の家には日本白色種の活発な雄うさぎがいました。
真っ白の体に赤い目のいわゆる「学校のウサギ」です。このうさぎはトンネルを掘ったり、うさぎ小屋の屋根と金網のすきまを乗り越えたりして脱走する冒険家でした。
そしてある日、私道を通ってチューリップガーデンまでたどり着いたのです。
「白いうさぎがチューリップの花壇をほじくり返している」とその家のおばさんがちょっと言いにくそうにうちの母に知らせに来ました。母はびっくり仰天、虫取り網やらバスタオルやらを持って走って行きました。私はうさぎをいれるカゴを持って妹とついて行きました。
マクレガーさんとピーターラビットみたいですが、それほどの大捕物にはならず(余計花壇を荒らしますからね)うさぎは捕まり、カゴの中で残念そうに鼻をぴくぴくさせていました。
うさぎから湿った土の匂いがしました。
アナウサギの行動範囲は、巣穴から150~400m以内、0.5~3ヘクタール(ヘクタール!100m×100mでした)だそうです。
私の家から白い家までは150mほど。お庭の匂いを嗅ぎつけて一直線に真剣に走って行ったのか、文字通り道草を食いながら進んでいったのか。
翌日菓子折をもって謝りに行った帰り道、妹が「私もよくあのおうち行くよ。おばさんがお菓子くれるから」と得意げに言いました。
おばさんは優しくて、近所の子供が回覧板など持って行くと必ずちょっとしたお菓子をくれたのですが、まさか用もないのに妹がお菓子をもらいに行っているとは知らず、母は「やだもう、あんたたちっ(うさぎと妹のことですよ!)」と嘆いていました。
うさぎがどれほど庭を荒らしてしまったかは子供らには知らされませんでしたが、その年もよそ行きを来た招待客が白い家に集まるのをみて「チューリップパーティーできたんだ、よかった」と皆で胸をなで下ろしました。
今でもチューリップが沢山咲いているのを見ると、緑の芝生を横切る白いうさぎとか、明るい林や小道をうさぎがぴょこぴょこ跳ねている様子が頭に浮かびます。