◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第81回 「新しい図書館の思い出」キャッチフレーズを考えるの巻
15年前、新しい図書館の立ち上げをしたときにつくづく思い知った。わたしは通俗的な人間だと。
この思い出話も2回目である。(1回目はこちら→★)時系列がわりといいかげんでスミマセン。
さて、青息吐息で本を選んだわたしたち3人だったが、同時進行で別の複数の作業も進めていた。生まれついての「落ち着いて半人前」体質のわたしには非常に不本意な状況だ。でもそうしなければオープンに間に合わないのでしょうがなかった。作業の中には、図書館のコンセプトを決めるという、んなことたぁ、われわれが配属される前に上の誰かが決めとけよ!とツッコミたくなるものもあった。思えば始まりは、配属当初の2010年4月にあった係全員の初顔合わせだった。
T図書館の館長に任命されたタカムラさんはわたしと同世代の女性で、3月までははらぷとよっちゃんが働いていたN図書館の館長をしていた。なのでふたりにとっては古巣の勝手知ったる上司である。だが、わたしと、遅れて合流することになるうさみーるはその日が初対面で、まずその昭和~平成のバブリーな雰囲気をまとったまま時を止めてしまったようなビジュアルにびっくらこいた。
明るい茶色のロングヘアにショッピングピンクの口紅、ピンヒール、スレンダーな体型にボディコン系のファッションで颯爽と、でも顔色悪く登場したタカムラ館長を見て、わたしはまず「めんどくさそう」と思った。今までの職場やプライベートでは身近にはいなかったタイプだ。固定観念で、自信家とか気分屋系の人と予想し思わず身構える。
はらぷとよっちゃんは当然ながら昨日の続きのようにフラットに館長と話し始める。敬語は使っているが上司に対する媚びへつらいはもちろん愛想も最小限だ。どちらかといえば館長の方が気を遣っている感じで、いちいちわたしたちの反応を気にしつつ発言しているのが殊勝のようでほんの少しわざとらしい。でもパッと見の感じと違うのは明らかである。この人、見た目とのギャップあり過ぎない?と思ったが、わたしは人を見る目がないので、いやいや、まだ決めるのは時期尚早、やっぱりめんどくさいかも、とも思う。ああ、どっちなんだ!?実際のこのひと。
館長はそんなわたしの逡巡を知るよしもなく、どこかたどたどしく、かつ、遠慮気味に話を進めていたが、その流れのままにさらっと4人に言ったのだった、「というわけでT図書館のキャッチフレーズを決めてほしいんですけど」と。
T図書館開設準備係が発足するとき、わたしをそこに推薦したのは、わたしのそれまでの職場のH図書館のイワモト館長だった。彼は発表の日にわたしにこう言った。「いや~、T図書館の館長はてっきり定年間近のスズモトさんだと思ったからなあ。あのクセの強いオジサンと話を合わせられるのは、細かいことを気にしない月亭さんだなと思って推薦したんだよ。まさかタカムラ館長とはなあ。なんか貧乏くじを引かせたかもなあ。でもまあ、がんばってよ」。
これをどう解釈しろというのか。新しい図書館の立ち上げ係に推薦したのは優秀だからとか仕事ができるからではない、というのはよくわかった。でもこれって、謝罪なの?激励なの?ひやかしなの?細かいことを気にしない月亭が、スズモトさんなら大丈夫で、タカムラさんならなぜ貧乏くじだと思うのだろう。意味不明だ。だがこの初対面の日のタカムラ館長の一言で、イワモトさんが言おうとしたことの一端を垣間見たような気がしたのだった。
もしかしたらこの館長、押しの弱そうな言い方でどんどんこっちに仕事をフッて来るタイプの人?
じつは、新しくオープンするT図書館に対していろいろな人に懸念を表明されていた。あたしらに言われても知らんがな、だったが、それは主に立地条件についてだった。その場所が最寄りの駅から遠く、前回も書いたとおり、振り向けば川というどんづまりであることもさることながら、それより大きな懸念材料があったのである。
もともと、最寄り駅には同じ「T」が付くTコミュニティ図書館があった。ここは駅から徒歩5分の場所で、区の出張所も入った複合施設の中にあった。区内の正規(?)の図書館より小ぶりではあるものの便利な図書館として、長いこと地元の人に愛されてきたのである。それが閉館し、新しくT図書館ができる。それを聞いたとき、地域の人はみなこう思ったはずだ、「近くに今までより規模の大きなT図書館が建つ!よかった!」と。
だってあなた、公共施設ってそういうものでしょう?たとえば「六本木コミュニティ図書館が閉館して新しく六本木図書館ができます!」って言われたら、当然、同じ場所、もしくは隣ぐらいに建つと思いませんか。思うよふつう。わたしは思うぞ。でもT図書館は違ったのだった。Tコミュニティ図書館から駅と逆方向に10分以上歩いた区のどんづまりにオープンするのだ。徒歩10分はなかなかの距離だ。Tコミュニティ図書館を利用していた地域住民、特に高齢者から不満の声が上がらないわけがないだろうって話だ。
そんな辺鄙な場所に移転するくらいなら、小さくても古くてもTコミュニティ図書館のままでいい!という声をどれだけ聞いたことか。わたしもそう思う。だいたい、図書館名に同じ「T」を入れたのが間違いの元だ。そこはまったくちがう名称にして「新しい図書館はTコミュニティ図書館とは紐づいてませんよ」感を前面に出さないと。いっそ区立リバーサイド図書館にするとかさ‥という、当初のわたしたちの提案は鼻にもかけられずソッコーで却下されたのだった。
そういう経緯があったので、タカムラ館長からキャッチフレーズを、と言われたとき「駅から遠い、川のそば、を逆手にとるしかないんじゃないですか。『散歩のついでにT図書館』みたいな」とわたしは言ったのだった。
話し合われることなくキャッチフレーズはそれに決定した。
そんなに安易に決めていいのだろうかと思った。同時に、それ以外になにかある?とも思った。駅から遠い、近いのは親水公園や川べりの遊歩道、近隣に商業施設はなく、最寄りのコンビニまでもけっこうある、となったら、この通俗路線一点突破しかなかろうが。
そんなわけでキャッチフレーズは決まり、そのために何をしようかとなった。散歩といえば自然や健康、健康といえば食生活‥と連想ゲームをし、
①散策や健康や栄養や料理の本を目立つ場所に配置し、そういう方面に力を入れているとアピール
②じゅうたんや机やイスをグリーンやブルー系にして自然をイメージする
③図書館近隣のお散歩マップをつくる
に落ち着いた。苦肉の産物(造語)。
ただ、こうしているうちに、4人の中に少しずつ、どうせそんな場所に図書館をつくっても人なんて来ないという周囲の冷たい声に抗いたいという気持ちが芽生えてきたのだった。これは、冤罪で島流しの刑に遭った受刑者の開き直りに近いかもしれない。なぜ受刑者かというと、4人の中で誰ひとりとして、事前の意向調査でT図書館準備係を第一希望にした者はいなかったからだ。そして、思えば4人ともこぞって、わりと反骨精神が高めで、かつ、お調子者たちなのだった。
そのなかでも最年長のわたしがいちばんのお調子者で「どうせだったらたくさんのひとに来館してもらいたいから、オープン前に新図書館のポスターやチラシを作って駅やコンビニに配ろう」と提案した。公共図書館でふつうそんなことする?しないだろ。でも誰も止めない。なぜなら全員どうかしていたから。なんなら乗り気だ。わたしは「センスを問わないならわたしが作る」と宣言し、実際、センスゼロの通俗フライヤー(チラシ)を作ったのだった。
さらにわたしはお散歩マップ作成係にも就任し、絵心のあるはらぷを引きずり込み、自分らの首をますます絞めることになる。でも、お散歩マップ作成ってちょっと楽しそうで、そういう作業も加えないとやってられない気分だったのだ。
それからオープンまでの日々、はらぷはときどき遠くを見つめ、家にいるはずなのについぞ姿を見ない愛猫を想って泣いたりもしながら、腹を立てるとメモ用紙にシュールな絵を描いて自分を整え、よっちゃんは児童室関係を全権委任され、怒ると表情を消し、お父様を亡くし、体調が悪いのに無理をしたせいで鼻が利かなくなった。準備期間の前半は他館との掛け持ちだったうさみーるは、兼任期は専任じゃないたいへんさに落ち込み、専任期は「やってもやっても終わらない!」と突然泣き出すこととなる。タカムラ館長の顔色はさらに悪くなり、眉は常にへの字で、果ては血尿が出たと机に突っ伏し、われわれはなすすべもなく目を逸らした。
そんななか、ああ、たいへんたいへんと口で言うだけで当初はたいして肉体的にはたいへんでもなかったわたしだが、真夏のある日、やっちまったのである。THE 骨折!人生初!部位は足!さらに追い打ちをかけるジンマシン!しかも顔面。
ああ、もう、この人たち大丈夫なの?どうなることやら!
つづく。
次回は「賽の河原は続くよ、いつまでも、か?」
by月亭つまみ