【月刊★切実本屋】VOL.100 2025 わたしのベスト本
額賀澪の『天才望遠鏡』と『鳥人王』を続けて読んだ。どちらもよかった。特に『天才望遠鏡』は好きなタイプの連作短編集だ。5つの物語の天才たちが、ベタではなく、かといって過剰にひりひりするタイプのリアルさではなく、いい意味で程良かった。おっ!これからじわじわおもしろくなりそうな書き手を発見!と思ったのだった。
が、ちがった。
額賀澪さんは、じわじわとおもしろくなりそうどころか、すでにそこを突き抜け、化けていた。「化けた」は、通ぶってる感じがしてなんとなく今まで回避していた表現だが、今回の案件ではいちばんしっくりする。『願わくば海の底で』で化けた、と勝手に断言してしまう。

主人公の菅原晋也は、東北の太平洋側で暮らす高校生。中学のときは運動部だったが、高校では美術部に入り美術の才を開花させることになる。万事にそつなく、クレバーで人当たりも悪くない晋也だが、実は周囲にも隠しきれない悪癖があった。そんな彼の高校生活三年間のあいだに学校で起こる、大きくはないが些細とも言えない日常のいくつかの謎(火の玉が出たり窓ガラスが割られる事件などが起こる)が描かれる。解き明かすのは常に彼だ。そして、ときは2011年の3月11日をまたぐ。
菅原晋也は合格した東京の大学に通うことはなかった。
ここからだ。ここから凄いんですよ、この小説。いや、ここまでも十分なのだが、ここからを読むことで、あらためてここまでも凄かったのだ、ここまでがあったからこそなのだ、と気づかされる感じ。
あの日にあったこと、周囲の人たちのその後、そしてなにより、人間たちひとりひとりの秘められたままの思いにあらためて思いを馳せることになる。亡き人はもちろん、かろうじて命をつなぎとめた人に在り続ける幾重にも層をなした記憶と悔いと絶望と寄る辺なさにめまいがする。
とにかくせつない。そして、ひとは、どんなことがあっても十把ひとからげではなく個々で語られ描かれるべき存在なのだと畏敬の念を抱く。だからこそ、それを駆逐されるかのようなあの日の圧倒的な残酷さと無慈悲さにただただ立ちすくむしかない。
‥ここまで書いてなんですが、できれば、予備知識を増やさず読んでほしい。読んだ人にしか辿り着けない思いや景色をぜひ感じてほしいと、おせっかい心を発動してお薦めします。

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今年もわたしの本の紹介を読んでくださってありがとうございました。今年最後の【月刊★切実本屋】ということで、2025年読んで印象的だった本TOP5を発表します。順番は順位ではありません。
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◆『鴨川ホルモー』 万城目学/著
今頃読んだ。でもこれは、『ホルモー六景』とセットで読んでほしい!お願いだ!奇天烈でおもしろいが、ホルモー六景で泣く。ホント、泣くから。
◆『ルポ秀和幡ヶ谷レジデンス』 栗田シメイ/著
今年いちばんぶっ飛んだ本。フィクションよりエッジの効いたスリリング過ぎる展開の怒涛のノンフィクション。家を探している人は必読!?
◆『メメント・ヴィーダ』 藤原新也/著
20代前半は藤原新也に傾倒していたと言っても過言ではないので、数十年のときを経て彼の著作を開き、がっかりしたらどうしようと少し構えて読んでしまった自分はまだまだだな。往年の藤原新也ワールド全開のようで、ちゃんとアップデートされ、でも時代に迎合するのとは似て非なる体幹の強さよ。藤原新也の本を読むと、読む前より世界がはっきり見えるようになった気がするのは40年以上前からいっかな変わらない。
◆『成瀬は都を駆けぬける』 宮島三奈/著
いちばん最近読んだ本がいちばん印象的、というセオリーどおりのチョイス。成瀬シリーズ最新作であり完結編。文学としてどーたらとか、成瀬は結局、コミュ障でしょ、などという雑音を蹴散らす迫力こそが小説の力なのだと思う。今の自分ですらやる気にさせる成瀬力に敬意を表して。
◆『願わくば海の底で』額賀澪/著
この本の余韻は今年いちばんだ。ぜひぜひ、体験してほしい。
by月亭つまみ

















































































