Posted on 2026年3月12日 by つまみ
【月刊★切実本屋】VOL.103 百年の‥といえば
伏尾美紀著『百年の時効』を読む。
図書館で予約の列に並んで待つこと数か月で順番がきた。一気に読み終わって家族に推奨したらソッコーで家族が購入したので、最初から買ってもっと早く読めばよかったと思った。でもそんな経過を辿ることは予想できない。まず買う、とは必ずしもならず、読み終わって「また読みたくなりそう」と思ったら購入することも多い。そんな自分を「本好きの風上にも置けない」と否定する気持ちは特にない。新刊やベストセラーをいの一番(死語?)で借りて読もうとするのはどうかと思うけど。
好きな四字熟語は臨機応変と自画自賛だ(日替わりだったりするが)。
そういうことも含めて、読書も自分の行動や思考も予測不能なのだ。それをおもしろいと思えるならまだまだ人生も捨てたもんじゃない‥と思いたい盛りの定年退職間近(マジか!?)の春三月である。

プロローグの舞台は昭和49年、東京佃島にある一軒の民家だ。まだ本章がはじまっていないのに、このさわりだけで、底知れぬただならなさ、恐怖感と緊迫感、そして襲い来る苦しさや悲しみが場を支配していて息苦しい。とんでもない場所に足を踏み入れてしまったと感じる。なんだかとても怖い。じゃあ本を閉じる?いや、まだ実際は何もはじまっていない。いやいや、何もはじまってはいないが、自分がこのまま進むことは、読み始めたと同時にわかってしまっている。
本を開いたばかりなのにたまに起こる、一瞬にして深淵を垣間見たような特異な読書の扉に自分は触れたのだった。

第一章は令和。50年前の佃島のあの事件を担当した元刑事である78歳の湯浅は、一緒に捜査した十歳上の鎌田の死を警視庁OB会報誌で知りうめき声を漏らす。事件は解決していないからだ。しかし、鎌田はもちろん、自分ももう真相を究明する立場にはなく、そのすべもない。でも諦めきれぬ思いで当時の捜査ノートにあらためて心を向けたりする。
そんなある日、葛飾区のさびれたアパートで70代男性の死体が発見される。新聞記事を目にした湯浅は驚愕する。死んだ男こそ、あの佃島の事件の重要参考人であり、バブルの頃「兜町の異端児」と呼ばれた桜井信吾だったのだ。
桜井の死の初動捜査を担当したのは葛飾警察署の28歳の藤森菜摘だったが、素性が割れ桜井が罪の告白状を遺したことで捜査は本庁の管轄になる。が、藤森はその警視庁本部庁舎に呼び出される。そして警視庁刑事部捜査一課の草加から、法律の改正で時効が停止している50年前の佃島の事件の捜査を任せたい、と言われる。
なぜ自分が?ととまどう藤森だが、事件で唯一生き残った、当時7歳の少年の事情聴取の音声を聞かされる。そして昭和49年の時点で現在の藤森と同じ年齢だった月島警察署刑事の湯浅の十数冊に及ぶ捜査ノートを渡されるのだった。そのノートは捜査のバトンだ。

話はここからどんどん拡がっていく。佃島以前の事件、昭和から平成の裏社会、相場、児童養護施設、オウム真理教‥のみならず、満蒙開拓青少年義勇軍、満鉄、満州事変、太平洋戦争‥などなど、時を遡ること百年に及ぶ、今ではなかば歴史上の出来事として机上で処理されるようなモノたちが現代で息を吹き返し、昭和~平成~令和の解き明かされない事件の闇に光を当て真相に辿り着くことになるのだ。
時代が交錯するし、登場人物が多いし、重厚で濃厚で肉厚(厚×3 の550ページ!)だし、ユーモアや小休止のかけらもないシリアスなトーンが続く小説だが、どうか臆せず突き進んでほしい。物語に没入するにつれ、文章がどんどん読みやすく感じられる‥たぶん。ページをめくる手が止まらなくなること請け合いだ。
もちろん、謎解き、伏線、どんでん返しなど、ミステリーとしても十二分に堪能できるが、それだけにはとどまらない世界だと思う。この小説は、三つの時代と、時代に自分も翻弄されながら真相を究明することに徹した湯浅、鎌田、草加、藤森という警察官たちのサーガなのだ。令和パートが女性というのも、特別視する自分はナンだなと思いつつもうれしい。
そしてそれぞれの捜査でのバディ感もたまらない。情熱とは熱さ‥たとえば瞬間最高温度的なもので測られるものではなく、自分の核になる何かを、見失ったり損なったりしないで存在させ続けようとする努力のことなのかもしれないと思った。
真相が解明されたとき、きっとすべての読者が抱くであろう「鎌田さんが生きていれば‥」という忸怩たる思い。この無念さこそ情熱の正体なのかもしれない。読者も、ああ、鎌田さん…と思うことで自分の核の存在を探してしまうかもしれない。

最後に、昭和世代としてはどうしても気になること。この小説では戦後まもない昭和25年に函館で起きた殺人事件が重要な存在として登場するのだが、殺された銀行の支店長の家の女中さんの名前が寺内きんなのだ。この名前にピンときたあなたはきっと昭和のドラマ、もしかしたら向田邦子好き。そう、あの寺内貫太郎一家で樹木希林(当時は悠木千帆)が弱冠31歳で演じた食えないバアサンと同姓同名なのだ。著者の伏尾さんにその理由を聞いた人、いるかなあ。まあ、いるだろうな。
by月庭つまみ














































































