◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第33回 すべての犬と暮らす人へ
1997~2011年は特別な月日だった。マロと暮らすことができたから。
夫が知り合いのお宅から譲ってもらった犬だった。埼玉の在にあるその家には、常時犬が5~6匹いて、とてもおおらかな飼い方をしていたようだ。基本的には庭に放し飼い。家への出入りは自由。今から20年以上前のこととはいえ、犬だけで散歩に行っているらしいという噂もあった。あまりにワイルドな話なので面と向かって確認したことはない、と夫は言っていた。
1997年、そこに3匹の犬が生まれた。そのお宅には当時、10代の3人の娘さんがいて、やんちゃな金髪高校生の次女とおませな中学生の三女が、犬のお産を仕切っているとのことだった。3匹は、真っ黒なオス、茶色のオス、黒に少しだけ白のメスで、順番に、ドルガン、チャッピー、マロと名付けられた。命名はもちろん取り上げたふたり。その中のマロが、縁あって、生後2ヵ月ちょっとのとき、我が家に来たのだった。
やって来たマロを一目見るなり、義父は「こんな犬をもらってきて。まったく。うちは庭がないんだから、そういう家にはそれに合った犬がいるんだ」と言った。
確かに、どう見ても雑種、どう見ても中型犬のマロは、家の中より、外が似合う犬に見えた。義父は翌日、ぶつぶつ言いながら、勝手口と塀の間に廃材を組み合わせて犬小屋を作った。誰にも頼まれていないのに。
我が家へ連れて来られるとき、あまりにもすんなり車に乗って三姉妹を淋しがらせたマロだったが、到着した直後は、さすがに落ち着きなくしょんぼりして見えた。でも、義父が作った犬小屋に連れていくと、まるでそこに入ることがわかっていたかのように、ちんまりと収まった。そして「ワン」と言った。「ありがとう」にしか聞こえなかった。義父はまんざらでもない顔をした。
当時70代なかばで、再雇用で続けていた仕事を完全にリタイアしたばかりで、溺愛していた孫娘も高校生になって手を離れ(?)たところで‥新たな生きがいを探していた義父の、心のすきまにマロがピタっとハマった瞬間を目撃したような気がした。いや、実際に目撃したのだ。
マロによって、我が家全員の生活は変わった。義父・義母・夫・私の中心にマロが君臨する14年間の幕が切って落とされたのだ、大げさではなく。
見た目は精悍だったりもしたが、内弁慶で人見知りで甘えっ子の犬だった。家族以外にはほとんどなつかず、とにかく家族が大好きで、家族はメロメロになった。特に義父は、本当に一直線にマロが生きがいになって、いつも一緒、多いときは日に4回も散歩に行くようになった。
ここだけの話だが、孫娘が結婚したとき、長い披露宴にじりじりした義父はこう言ったものだ、「いつまでやってるんだ?マロが家でひとりでかわいそうじゃないか」。
義父は2003年の夏に盲腸を悪化させてひと月近く入院し、「トシもトシだし(義父はこのとき満80歳だった)、退院できたとしても、もうマロとの散歩はムリだな」と弱音を吐きまくって3人を心配させたが、秋の終わりには、まるで何事もなかったかのように、また日に4回散歩に行く生活に戻っていた。
義母も、2004年に頸椎の手術をし、一時は一気に老け込んだように見えたが、数か月後は犬の散歩に復帰した。
マロの、家族に対する治癒力増強効果、おそるべし。
マロ自身も、交通事故に遭って乗用車のタイヤと地面の間に頭を挟んだり、リードが外れてしばらく行方不明になったりもしたが、すぐに元の生活に戻った。
マロは、我が家では一切擬人化はされなかった。散歩中に性別を聞かれることがあったが、全員が「メスです」と答えた。雑種をミックスと表現したりもしなかった。
齢と共に、犬小屋ではなく玄関先で暮らすようになったマロだが、寝室で一緒に寝ることはなかった。私は、夜中に起きてしまったとき、玄関先のマロのところに行くのがお決まりだった。マロは必ず目を開けて「来たの?」という顔をした。自分が犬に庇護されているような安心感を覚えた。
人間でもペットでも、子どもでも友人でもない、唯一無二の犬の家族、それがマロだったのだ。
2010年にマロに腫瘍があることがわかり、長く生きられないだろうと言われた。悲しかったが、マロは元気だったので、それまでの路線を継承して暮らした。黒い毛に白いものが増え、少し小ぶりになったけれど、相変わらず、家族が近づくと、尻尾をびゅんびゅん振り、散歩に行くよと言うと、はしゃいで飛び跳ね、前に出たがり、時々「あ、イケナイ!」とばかりに歩をゆるめては、リードを持つこちらの手をペロっと舐めた。「好きだからね」と言うように。
可愛かった。本当に可愛かった。
東日本大震災があった年が終わる頃、マロは立てなくなった。ああ、これはもう、と思ったが、その後、友人がくれたおやつを美味しそうにペロペロと舐めたので、「なんだよ、復活か?!」とホッとした。でも、翌日、血を吐いて動けなくなってしまった。
家族が入れ代わり立ち代わりマロのそばについたが、夫と私は用事があって、何時間か家を空けた。そして戻って、家族が揃った直後、マロは「ちゃんと4人いるよね」と確認するかのような表情をして目を閉じ、逝った。揃うのを待っていたとしか思えなかった。その日は大晦日だった。
マロが逝って10年、今は「マロの生まれ変わり」と認定したネコを飼っている。ネコは可愛い。でも、犬も可愛かった。そして、年齢的にも住宅環境的にも、もう今後、自分は二度と犬は飼えないのだということを知っている。
だから私は、すべての犬と暮らす人をやっかんでいる。
by月亭つまみ
水仙
泣けてきましたけ。我が家も犬の生まれ変わりのような保護猫と暮らしています。ペットロスになった私を見かねた娘が保護猫をトライアルしてきたのです。
亡くなって間もないのに、飼ったこともない猫が家に来ても私は優しくできるかわからないと言いました。
そんな私に、何も知らずに来た猫は、朝から亡き犬を思い出して、泣いている私にそっと近より、膝に乗り、肩に手を回して涙をぺろぺろ舐めたのです。
猫は、家の子になりました。犬のように返事をし、投げたものを拾ってまた投げろと催促し、散歩を催促してくる(変わってる)と言われる猫です。いつしか、朝から泣くこともなくなりました。
でも、犬とはやっぱり違うし、飼いたいです。大好きな犬をだから、自分の歳を考えると無責任な事をしたくないので、もう飼うのはムリダナと思うのです。
私も犬を飼ってる方々をやっかんでいます。
つまみ Post author
水仙さま、コメントありがとうございます。
うわあ、その猫ちゃん、来るべき場所に来てくれたとしか思えません。
犬と猫、両方と暮らしてみて、どちらがいいだの好きだのと比較したりする気持ちはありませんが、両方と暮らしたからこそ、今いない方が恋しく愛おしい気持ちもありますよねえ。
今では猫の「今はほっといて」の感じも大好きですが、犬の「常にこっちを見て待ってる」感じがなつかしくもあります。
都忘れ
つまみさんへ
今日も夜更かしだわ~と、苦笑いしながらPCをオフしようと思いましたが、そう言えば、オバフォーをのぞいていない…と、クリックしてしまいました。
タイトル、1行目を読んで、あ、これは…、困ったぞ…と。
案の定です。目から汗が。鼻水もダラダラと。
犬はいいですね。
私にとっての最初で最後(のつもり)の犬がいなくなって9か月。
混乱期は過ぎましたが、さびしいです。さびしいよぉ~。うわ~ん!
もう寝ます。おやすみなさ~い。
つまみ Post author
都忘れさん、寝る前のコメント、ありがとうございました。
10年経っても、ネコがいても、それがマロの生まれ変わりと勝手に決めても、マロがいないことは淋しいままです。
実は、GWにNHKで放送された小田和正コンサートの「さよならは言わない」と曲を聴いたのが、あらためてマロに思いを馳せたきっかけです。
曲全体がマロをイメージするわけではないのですけど、出だしの「ずっと楽しかったね」という詞を耳にした瞬間、マロが浮かびました。不意打ち(^^;)
犬は、生きとし生けるものの善良さの代名詞みたいな存在だとつい思ってしまって、だから、思い出すと、自分の善き部分が思い出されるような‥勝手なことを言ってますが。
アメちゃん
つまみさん。
マロと言えば、お義父さん、マロの絵を描いてましたよね。たしか。
あれ、なんだか心に残ってるんですよ。
とてもお義父さんがマロのことを可愛いと思っていて
それで絵に描きたいっていう気持ちが、ものすごく伝わってきたんです。
なんか、描いてる時のお義父さんの様子まで浮かんでくるみたいに。
(って、ここまで断言して記憶違いだったらどうしよう・・)
ちなみに私は猫派です。
つまみさんがおっしゃる犬の「常にこっちを見て待ってる」感じが苦手で(笑)。
私自身が「今はほっといて」と思うのですよ。
でも、犬なら雑種の方が好きかなぁ。散歩する姿が可愛い。
つまみ Post author
アメちゃんさん、こんにちは。
わー(*^▽^*)義父の描いたマロの絵、覚えていてくださったんですね。
うれしい❤
アメちゃんさんの記憶どおりです!すごい。
この三年で二度引っ越しましたが、あの絵はちゃんと持ってきました。
撮った画像は、一年前に自分のパソコンが壊れてしまったので、保存できてませんでしたが、今、このフォームの保管場所から探し出してみました。これです。
従順で、飼い主が好き過ぎる犬が重いってこともありますよね。
もっと、わがままでいいよ、と思ったりする気持ちもわかります。
そんな風に思いつつ、今はすべてが愛おしく思い出されるわけですが。