【月刊★切実本屋】VOL.91ビブリオバトルの台本を終わってから書いてみた
突然ですが、昔から逆の意味の言葉がくっつくのが好きです。サウンドオブサイレンスとか、緊張と緩和とか、生きる屍とか、急がば回れとか。本のタイトルでも、そういうものは印象に残ります‥たとえば『冷静と情熱のあいだ』(読んでないけど)や『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(これは読みました)とか。相反することが共存しているのが好き、とでもいいましょうか。そういう意味で、今日紹介する本もタイプです。タイトルは『夫が倒れた!献身プレイが始まった』(野田敦子/著 主婦の友社)です。「献身」に「プレイ」が付くって、もうそれだけで固定観念をぶっ壊してる気がしませんか。
ある日、犬の散歩から家に帰った妻は倒れている夫を発見します。どちらも50代で、仕事をしているけれど会社員ではないので比較的家にいる時間が長い夫婦です。妻は一目で夫がただならぬ状態であることが分かってしまう。その描写がせつなくて胸に迫ります。夫は脳出血でした。出血量が多く、考える余地なく延命措置の手術を施された後、しばらく様子を見る期間があって、遷延性意識障害、いわゆる植物状態と診断されます。これは、その日から2年間の日々を妻が記した本です。
こんなふうな説明と表紙のイラストから、突然の事態に翻弄されるいたいけな妻の像が浮かぶかもしれません。続いて想起されるのは、夫婦愛、壮絶介護、絶望からの希望、希望からの絶望、祈り、涙、もう一回夫婦愛‥みたいな。確かにそれが全く書かれていないわけではありませんが、読む前にイメージした本ではないと断言!します。
私はこの本を読んですごく励まされたんですよね。ネガティブな事態でも前向だから、ではありません。前向きじゃないし。逆に「この人に比べれば自分はまだ幸せ」などと思ったわけでもありません。何度か読んだ今でも、自分がどうしてこの本に励まされるのか完全に解明できていません。でも、せっかくみなさんに紹介するのだから、あらためてそのことを考えてみようと今思いました。
人って、ただひとつの感情にどっぷり浸っていることなんてないと思いませんか。たとえば、なにかに夢中になっていても、明日のゴミ出しを心配する自分がいたりするし、好きな人の中にも好きじゃない部分はあるものだと、わりと頻繁に思ったりします。私だけ?いや、あるでしょう、みんな。ないと困る。昨日思っていたあんなことこんなこと、の存在感や重要度が今日は違っているのを自覚するとき、「ってことは、明日やもっと先の自分や自分の気持ちなんてわからないに決まってるじゃん」と思う。それは、家族の闘病や介護などという、丸ごと自分を持っていかれそうなおおごとでも成り立つ法則なのではないか‥という「希望」をなぜかこの本で強く感じたのです。
それって希望なの?と言われそうですが、私は大きな希望だと思います。希望が持てたからといって、大変な状況は変わりません。でも、大変さや負に支配され過ぎないでそこに存在しようともがいている人の言葉は、それが一度、自分のフィルターとか研磨剤を通して活字になっているとしても、いや、だからこそ感情の流れがストレートに自分に届く。そういう文章に触れることで、自分も、一時の気の迷いだけでなく、本当に絶望の井戸の底を覗き込んだとしても戻って来れるかもしれない、抽象的ですが、そんなふうに思いました。
倒れてからまだ早い時期に、夫に300万円の借金が見つかります。根耳に水。妻の日記での夫に対する呼称が、たぶん一時的でしょうが「パパ」から「お前」に変わります。そして、それを知った20代前半の娘が「隠し子がいたらコンプリートやな」と言い放ち、妻はつられて笑ってしまうというエピソードがあります。そこを読んだとき、エピソード自体より、それを絶妙な軽さでこの本に挿入する妻のメンタリティと知性がかっこいいと思いました。最初の方に言った「励まされる」ことの正体もこのあたりかもしれません。
妻は早い時期から家庭での介護という選択肢を外します。それを病院関係者に表明する場面、急性期病院からの転院の際のあれこれ、他の患者家族の描写、バスの運転手とのやりとり‥などなどは、それまで読んだノンフィクションの中でも類を見ない緊張感と率直さです。そうそう、迷わない選択なんてないんだよ、選択後も迷いと後悔の連続なのよ、辛さや悲しみはわかる(と思う)からこういう心情を読みたかったんだよ、と幾度も思いました。自分も親の介護で実感した「看病(介護)は人目との闘い」、「生きている本人の私物をどこまで片づけるか問題」なども、その逃げない、あいまいにしない表現が信頼できると思いましたし、自分の心理を解読してもらったような気がしました。
介護と看護の概念のみならず、なにげないように見える描写ひとつひとつに揺さぶられること間違いなしです!と言い切ってみます。読み終わってまず思ったことは「書いてくれてありがとう」でした。よかったら読んでみてください。
おわり
これは先日、自分が参加したビブリオバトルで紹介した内容と、紹介できなかった内容を取り混ぜて書いたものです。ビブリオバトルに参加するのは人生で四回目でしたが、今まで同様、今回もなにを話すかはまったく考えず、ノープランで臨みました。あ、「生きる屍」は言ってみようと思っていたかも。実際はもっとよけいな言葉や下世話な惹き句、まわりくどい表現も多く、よどみなさとは真逆なたどたどしい紹介でした。本当はこういうことを言いたかったのだという言い訳やあきらめの悪さも含めて書き起こします。
あー、予選を突破して全員に薦めたかった!と今になって残念に思えてきた。
by月亭つまみ