◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第75回 傷つく心を持ち続けたい、と書いた人
デビュー当時から荒井由実は気になる存在だった。アルバム「ひこうき雲」「MISSLIM」「COBALT HOUR」「14番目の月」は何回聴いたかわからない。メロディラインが好みだった。彼女はその後「恋愛の教祖」と呼ばれ、女子の心情をキャッチーでセンシティブな言葉で綴って時代の寵児になっていくわけだが、わたしがそもそもガツンときたのはメロディなのだった。
たとえば「卒業写真」の出だし、「悲しいことがあると~開く皮の表紙」はその場足踏みみたいなメロディで、そのあとの「卒業写真のあの人は~」がサビの助走だとしたら、その準備運動のようだ。「雨の街を」の「いつか~眠い目をさまし」は、振幅の定まらない針のような激しい音符の上下移動で覚醒を示している気がするし、「翳りゆく部屋」のサビの「どんな~運命」と「が~」の高低差はまさに来るべき未来に対する覚悟と不安みたいだ‥などなど、脳内で勝手に解釈をつけて聴いていた。どれも小さく収まらず、ポイントポイントで♯や♭を効果的に使用し、なめらかじゃないのに洒落ているところが好みだったのだ。
松任谷由実になって、いつのまにか日本の音楽界を牽引するような存在になり、あのビジュアルとキャラと物言いで、わたしはよく「ユーミンって、弱気に見えるのは歌ってるときだけなんじゃないか」と思ったり人に言ったりして、ファンというのとは少し違った聴き手になったが、作る曲が気になることに変わりはなく、しばらくはわたしのウォークマンの常連さんだった。
でも、新しいアルバムを追いかけるのは1990年代なかばでやめてしまった。この頃リリースされた「真夏の世の夢」や「春よ、来い」がそれほど好みではなかったことが大きいかもしれない。「 Hello, my friend」は好きだったんだけどねー。で、それまでの膨大な量の曲があればこれ以上もういいやと思った。それらは今でもわりと聴いていて、気になる曲もそのときの自分の状況で変化している。そしてあらためて、ユーミンが作り出してきた曲たちは自分の歴史(!)に不可欠だったんだろうなと思っている。
最近のお気に入りは「水の影」だ。これは1980年に発売された「時のないホテル」というアルバムのラストの曲だ。当時は特に印象に残らなかった。きれいなバラードだとは思ったが、このアルバムは全体がヘビィで、エッジの効いたラインナップなので「水の影」は目立たなかったのだ。2001年頃、デビット・リンチの「マルホランド・ドライブ」というクセの強い映画を見たが、なぜかこのアルバムのことを思い出した。
「水の影」は荒井由実の原点の青くささみたいなものが色濃くあると思う。サビのメロディは「雨の街を」の上下移動を彷彿させる。そしてなにより「傷つく心を持ち続けたい」という歌詞に今グッときている。
まだ若かった松任谷由実がこの歌詞をどんな気持ちで書いたのかはわからない。でも、当初からハイソの余裕のような雰囲気を纏っていて、そういう面では鼻持ちならないところもあった彼女が書く詞は意外と内省的なものが多い。常に「骨までとけるよなテキーラみたいな」時間を生きているわけじゃないのだろう(あたりまえ)。
すっかり音楽の聴き方が変わってしまった。ここ数年はAmazon musicのライブラリにジャズもクラシックも含めた好きな曲をかたっぱしから入れてランダムで聴いている。今確認したら、191曲あった。14時間21分!いちばん新しいのはドラマ「新宿野戦病院」の主題歌だ。
荒井由実、松任谷由実の曲も何曲かある。正直、こういう聴き方ってどうなの?と思わないでもない。昔の、アルバムを順番に聴かざるを得ず、好みじゃない曲も飛ばせず、そのうち、全体が順番コミコミで頭に残るようになるあの感じや、複数のお気に入り曲だけをピックアップできないので一曲をリピートし過ぎて飽きてしまう轍‥などがたまに懐かしかったりする。ラジオなどで思いがけない瞬間に思いがけないシチュエーションでかかった曲にハッとするのも妙味なので、今ランダムで聴いているのかもしれない。
そういえば、最近、人とじっくり音楽の話をしてないなあ。
by月亭つまみ
爽子
おはようございます。
高校生のころから荒井由実、松任谷由実をひたすら追い続けております。
今回のアルバムはイマイチとか、ぼやきつつも、もしかしたら全部買っちゃってるかもしれません。
正月明けに、痛い膝を引きずるように大阪で一つだけ上映してる映画館に、ユーミンのライブ映画をみにいったくらいですから。
血縁関係か、はたまた宗教?くらいの。。。
最近では、自己メンテナンスの結果を曲の良しあしよりも尊敬しています。
すごすぎる、年下のわたしがこんなに膝が痛いのに、飛んではねて踊って歌ってる!
調子はずれてても、声ひるがえってても、すごい。
陰りゆく部屋の「~~が!」激しくうなづいてしまいました。
それほど多く恋はしませんでしたが、ちょっと疑似体験もかねてしまってました。
傷つく心持ち続けてます。。。おおせのままに。
つまみ Post author
爽子さん、こんにちは。
爽子さんがユーミンを追い続けていたとは‥知らんかった!
でも考えてみると、われわれ世代は荒井&松任谷の洗礼を受けない方が難しいくらいですよね。
私の「好き」は曲限定な感じで、それはそれでわが身の屈折を感じますが😅
確かに、動ける身体を維持しているところ、スゴイと思います。
私も見習うべく、ユーミンの曲でかかと落とししてがんばろ(ささやか~)。
恋愛の疑似体験や、心情のシンクロ、ありますよねー。
そういうの、曲を聴く醍醐味だと思います❤
まゆぽ
特にユーミンファンではない私ですが、
大学時代に聴いた『地中海の憂鬱』という曲に人生変えられたなあと思っています。
『地中海の憂鬱』はアルバムの中の1曲で、ユーミンベスト100とかにも入らないようなマイナーな曲。「バルセロナ、バルセロナ、沖は白くあたたかな霧が降ってた」で始まる失恋ソングです。
この曲のせいで、バルセロナは行ってみたい街に急浮上。そして、21歳の時、長距離列車でその街に降り立たった時のうれしさは忘れられません。学生の貧乏旅行でしたから、ホテル代節約のために、午前中に着いて夜行列車で次の街に向かうというスケジュール。ほぼ半日のバルセロナ散策は地中海を見るだけで終わりました。もちろん海を見ながら、ユーミンの曲を口ずさみましたよ。
その8年後、留学先にバルセロナを選んだとき、心の奥底にあの曲と最初の訪問で見た地中海の景色があったんだろうなあと思います。
ユーミンの曲は、自分でもその存在すら知らずにいた心の内の何かに刺さる力を持っているのかもしれませんね。
つまみ Post author
まゆぽさん、とっておきのユーミンエピソード!
なんか、かっこいいぞ。
その曲、たしか「紅雀」に入ってた!ってわかった自分もエライ。
地中海の感傷、ですけどね😅
そっかー。
スペインを留学先に選んだ遠因だったのかもしれないんですねえ。
そして、バルセロナオリンピックがあったとき、なんかの歌で出てきたなあと思ったのはこの曲だったのかー。
時をかける答え合わせ!
まゆぽさんとユーミンの話をしたことはなかった気がするけど、その空白の時間(なのか?)をおぎなってあまりあるワールドワイドで素敵なエピソード、ありがとうございます。