帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 『ライ麦&博 完結編』 後編
『キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー
&博の愛した数式』 完結編 後編
前編はこちらです → ★
「誰かと思ったら、わがクリニックのかつてのお得意様じゃない。
元気?酒屋の野球少年。
あ、もう少年じゃないわね。元野球少年ね。
えーと、最後にうちに来たのはいつだっけ?」
「高校が決まったときだったから、5年前です」
元野球少年と呼ばれた男子はニコリともせずに言ったが、
どこかこの状況を楽しんでいるように見えた。
「そうか。もうそんなになるのね」
加代さんも、落ち込んでいたことがウソのように清々しい顔で言った。
「あのときは『親に今までのお礼を言いに行けと言われて来た』って言ったら、
先生に診察室から追い出されました。
『自分の意志で来たんじゃないんなら帰れ』って」
「そうそう。でも『家に帰って親に事情を説明したら親にもすごく怒られた』
ってまた戻って来たのよね。
‥ご両親のことは本当に大変だったね」
博は黙ってふたりの顔を交互に見ていたが
この場に来た目的を思い出したらしく、言った。
「おかあさん、大丈夫なの?それより、なんでこんなところにいるんだよ。
また眠りに来たの?」
加代さんはすっかりいつものペースを取り戻し、自信満々な感じで答えた。
「順番に答えると
デトックスできたから大丈夫。
ここにいるのは息子のデートをのぞき見に来たついで。
今回は眠るためじゃなく泣きに来た、かな」
博はのけぞった。
「デート?なんで僕が先輩とデートなのさ」
「昨日、うれしそうに電話してたじゃない。
あのテンションはデートだと誤解するわよ」
「げっ!おかあさんが前に『あのタワーは夜景がきれいだ』って言ってたから、
先輩の送別会にふさわしいかと思ったんだよ」
「どうして元野球少年が先輩なのよ?
あんた、野球なんてやってないじゃん」
加代さんが不服そうに言った。
博は「同じ中学だもん。先輩でいいでしょ?」と言うと、
ふたりが、元野球少年がバイトをしている図書館で知り合ったこと、
博が『ライ麦畑でつかまえて』を返した際、カウンターにいた元野球少年が
「これ、面白かった?」と声をかけたことがきっかけで親しくなったこと、
を説明した。
元野球少年は
「ふだんは利用者に話しかけたりしないんだけど、
野崎訳の方のライ麦だったから、つい」
と照れくさそうに笑った。
加代さんが「ふうん。・・よくわかんないけどまあいいや。
でもなんで送別会なの?図書館を辞めちゃうの?」と聞くと、
博が即答した。自慢げに。
「先輩、野球をしにアメリカに行くんだよ」
元野球少年がどんな選手で、なぜ両親を亡くし、
どうして今、アメリカに行って野球をやろうとしているのか私にはわからない。
が、彼のなにかを乗り越えたような瞳は、
部外者をして「それはよかった」と思わせる力があった。
加代さんが言った。
「それはよかった。・・でもお兄さんは寂しくなるわね」
「そもそもは兄が『店をたたんで前の会社に戻りたい』
と言ったのがきっかけなんです。
『そうなるとおまえは邪魔。どこかに行けよ』って」
「いいね、兄ちゃん。前からカッコイイと思ってたんだ」と加代さん。
「すげえ勝手ですよ。店で長いこと働いていたキヨノさんは
『長年、経理をごまかしてきた甲斐あって、
ジンバブエで一生遊んで暮らすぐらいの貯金はあるから
職にあぶれても平気』
とか訳のわからないことを言うし。みんなどうかしてます」
元野球少年はさほど困ってもいなさそうな顔でそう口にすると、
「夜景を見たんでそろそろ僕は帰ります」と言った。
でも、すぐにつけ加えた。
「ところで先生、とうさんとかあさんの告別式のときに
僕に言ったことを覚えてますか?」
加代さんは首をかしげた。
「僕はよく覚えています。
『つらいだろうけど、立ち止まっちゃダメ。
悲しんでも、弱音を吐いてもいい、でもいつかちゃんと動き出すこと。
ご両親は、悔やんだり泣いてるあなたより、
いつまでも前に進まないあなたを悲しむと思う』です。
・・大人は自分の発言に責任を持たないとね」
元野球少年はそう言うと、ペコリと頭を下げ出て行った。
博はニヤッとして「大人もいろいろ大変なんだね。まあ、がんばってよ」
と言うと野球少年の後に続いた。
加代さんはしばらく2人が出て行ったドアを見つめた後、
「どいつもこいつも偉そうに・・。
まるで過去の自分にまで説教されたみたいで二重にムカつくわね」
とつぶやいた。
日常は続く。
加代さんのリサーチによれば、
博はその後、<数学研究会>の先輩(女子)にふられたらしい。
落ち込んだ博が図書館に行くと、
元野球少年を通して顔見知りになったオジサンが
博以上に浮かない顔をして、本棚の前にいた。
博が「こんにちは」とあいさつすると、オジサンは博を見て前置きもなしに
「私はね、人前でのスピーチというのがこの世でいちばん苦手なんですよ。
それなのに結婚式のスピーチをするはめになってしまって
気が重いったらありません。
でもほら、私の仲間は案外たくさんいるようです」と言った。
博がオジサンの指さす棚を見ると、そこには
さようなら!『あがり症』
すぐに役立つはじめての結婚スピーチ
『うまく言えない』がなくなる本
人前でビクビクオドオドせずに話せる本
人を動かすスピーチの極意
『あがり』を克服できる話し方
などというタイトルがずらっと並んでいた。
博が思わず
「やっぱり、大人になっても悩みは尽きないってことかあ」とつぶやくと、
オジサンはうなずきながら
「私も子どもの頃は、大人になれば悩みなんてなくなるのかと思っていました」
と言った。
そして自分を奮い立たせるように
「ところで、あいさつやスピーチの本って図書館の分類は809なんですね。
・・・歯を食(809)いしばって楽しいあいさつ
と行きますかね」と笑ったが、博にはカラ元気にしか見えなかったらしい。
加代さんは元気だ。
あの日の涙については、その後、なんの情報も開示しようとはしない。
ただ、この前、私と映画を見に行った彼女は、
恋人同士の別れの場面を見て
「かけがえのない存在に対して自分の正直な気持ちを封印するほど
人生は長くないのに。・・バカかこの男」と
ヒロインの恋人を罵倒しまくっていた。
とりあえず心配は要らないような気がする。
大人になっても悩みは尽きないけれど、
大人は時として、それを生きる糧にもするから。
・・加代さんもたぶん、きっと。
『キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー&博の愛した数式完結編』 終
文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)
こんなブログをしています。正体不明な女二人のブログ。 回を重ねること3桁に突入♪→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
uniumi55
こんにちは。今回も楽しく読ませて頂きました。
ライ麦〜の野球少年を絡ませてくる感じが、好きです。前作の登場人物のその後が、知れて、お得感に浸るような…。
そういう問題では、ないですかね(~_~;)。
うまく表現できないんですけど、つまみさんの作品は、爽やかで好きです。
もっと、どんどん発表してほしいです(^-^)。
つまみ Post author
uniumi55さま
わー!
なんと申し上げてよいやらわからないくらい、うれしいです!
やったー!
爽やかと言っていただいたことも、こそばゆいけれどうれしい限りです。
自分の汚さをフィクションで相殺しようとしている、のかも!?
ありがとうございます。
また機会がありましたら、あることないことのないことも発表させていただこうと思います。
花蓮
今更のコメントにお目を通されるかわからないのですが。
私、このシリーズの大ファンでして、まだしつこ~く、再開&新作はないかと待ち望んでいます。他に色々お忙しいかと思いますが、片隅に熱烈なファンが待っているので、また書いて下さいませ。
つまみ Post author
花蓮さん!
わー(´;ω;`)なんてうれしいお言葉!!
お目汚しを恥ずかしげもなく公開して、若干の後悔もありましたが、そんな風に言っていただけると幸せです。
あ~、うれしい。
まだ何もプランはありませんが、なんか書いてみたい!と思ってしまいました。
ありがとうございます。
花蓮
是非ぜひ是非!
私はつまみさんの作品に出会えて幸せだったので、もっと沢山の方々を幸せにしちゃって欲しいです(^_^)v
⬅勿論私も♪
つまみ Post author
花蓮さん、おはようございます。
重ね重ね望外なお言葉、本当にありがとうございます!
あまりに望外過ぎて、ギャアー(๑≧౪≦)ウギャーΣ(ノ≧ڡ≦)などととうろたえておりますです。
(誉められ不慣れ(^^;))
sari
全編を今日読ませていただきました。とてもよい読後感でした。ほろほろっとしました。またぜひ書いてください。
図書館といえば、「世界の図書館」っていうすごい図鑑を見つけて、私は海外旅行の経験が比較的少ないわりにはそこに載っている3か所の図書館にいったことがあって、そういえば私が落ち着ける場所って図書館なのかーと思い至ったところでした。司書資格は教員資格との兼ね合いで半分くらい取り残したものの、今は小学校で読み聞かせのボランティアをしております。選書に苦労しております。老眼で本を読むのがつらい今日この頃でもあります(読者層の参考までに^^;)。
つまみ Post author
sariさん、コメントが沁みます!ありがとうございます!!
書いてからかなり時間が経って、読み返すこともなかったので自分でもいろいろ忘れていましたが、コメントをいただいて、読み返してみました(笑)。
拙いし、盛り込み過ぎですが、自分なりに頑張って書いたよなあと懐かしい気持ちになりました。
世界の図書館、同じ図鑑かどうかはわかりませんが、私も見たことがあります。
世界にはいろんな、すごい図書館があるものだ、世界は広い!と思いました。
今度ぜひ読み聞かせのおすすめ本を教えてください。