ああ、ハケンさん。四十路の会社勤めでわかったこと。 (後編)
先日会社のトイレに入ったときのことです。わたしが働いている会社には個室が3つあります。ランチタイムの混雑が過ぎ去った昼下がり、誰もいないトイレで私は奥の個室に入り、ひと息ついておりました。すると入口が開く音がして、化粧直しをしているとおぼしき2人の女子の会話が聞こえてきたのです。
「昨日、別のフロアで急病人が出て大騒ぎだったんだって」
「え、どうしたの?」
「心臓発作らしいよ。胸が苦しいと言って苦しみだして、そのまま倒れたんだって。すぐに救急車が来たんだけど、AEDを持ってきてたみたい」
「こわいっ! で、誰が倒れたの。知ってる人?」
「んー………オバチャン?」
「え、ハケンさん?」
あーもうね、この会話に全てのエッセンスが詰まっていると思いましたね。
そんな会社で働く「ハケンさん」の物語。1週とんで失礼しました、後編です。
前編はこちら→✩
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「派遣スタッフは全員、契約を打ち切られるらしい」
ある日、そんな噂が耳に飛び込んできました。その会社で派遣は全体のおよそ1割ほど。忙しいときだけ集められる火消し隊ではなく、社員同様に働く常駐スタッフです。その10%の派遣がいきなり消える、しかも現場に精通した実働部隊を。そんなとんでもない話に、最初は誰もが「まさか、いくらなんでも?」と半信半疑でした。
ところが、わが珍獣パラダイスのスーパー派遣であるミステリアス・エリコ様の諜報活動によると、業績の悪い事業部が潰されて社員があぶれていたところに、不景気やら円安やら増税やらが重なり、社を挙げて大幅な人員削減が行われることになったということでした。その最初の大ナタが、40歳以上社員の早期希望退職募集と、派遣社員の契約打ち切り。
噂は、本当だったのです。
しばらくすると派遣が一人ずつ呼び出され、契約満了日が告知されていきました。一人ひとりに言い渡されたのは「こんな季節に放り出されても求人ないよ!」という、会社の都合しか考えていない、ひどく中途半端な時期でありました。
上層部の思想は「派遣ができることは社員にもできる」ということ。当たり前です。世の中に取り替えがきかない仕事なんて、ほとんどありません。でも社員では手が回らない、または社員が別の業務に専念するために派遣が呼ばれているのであり、より効率よく業務を進めるために派遣がいるのです。
社員がやりたがらない細かな実務をこなし、すぐに異動してしまう社員のかわりに現場のノウハウを連綿と受け継いできた常駐派遣たち。立場の違いこそあれ、与えられた任務を遂行すべく長年共に働いてきた人たちを、こんなにもあっさり切り捨てようというのか。初めて触れた会社の非情さにおののきました。そしてついに…
山が、動いたのです。
ひとり、またひとりと、派遣が契約満了を待たずに辞め始めたのです。
契約満了といっても数ヶ月先のことで、実際は1ヶ月ごとの契約更新を重ねた結果の満了です。「契約の途中解除じゃないから、首切りじゃないですよね」と言い張る会社に対する、「単に契約を更新しないだけの話ですよね」という派遣たちの合法的な反乱、でありました。
これに泡食ったのが社員たち。職場では派遣の担当業務が社員に少しずつ引き継がれるようになり、社員の間では「なんでこんな仕事を自分がやらなくちゃいけないんだ」という苛立ちが充満していました。でもキリキリされようが恨まれようが、派遣はここにいちゃいけないって会社が言うんだからしょうがないわけです。そこにきて、相次ぐ派遣の早期退職。「最後までいてくれると思ってたのに!」と、まるで飼い犬に噛まれたような驚きの表情に、こっちがビックリでありました。
ある派遣は「これも縁だと思って」と、かねてから希望していた職種へ転職を決め、派遣から足を洗いました。長年この会社で働いていた別の派遣は「ようやくふんぎりがついた」と、親の介護を視野に入れつつ介護業界へ転身していきました。向かいの席にいた仲良し派遣は、もっと条件のいい派遣仕事へと移っていきました。
やれやれ、もっとやれ! 派遣契約は会社が都合よく首を切るためのシステムじゃなくて、派遣自身が自分の意思で辞めることのできるシステムなのだ。こんな冷たい仕打ちをする会社なんか、とっとと見切りをつけちゃえばいいさ!
そう思っていたのです、本当に、わたしは。だけど…
革命が起きたのはほんの一部で、多くの派遣は契約満了日まで粛々と仕事を続けていくことになったのでした。
エリコ様も、そのひとり。
「先のことを考えたら、求人が多い時期に辞めたほうがいいんじゃないの?」
エリコ様にわたしがそう言うと、彼女はこう答えました。
「だって、仕事を放り出すわけにもいかないでしょう。社員さんが大変になっちゃうのはわかっているから、仕事が回るか心配だし」
オバフォー世代の彼女は、こうも言いました。
「わたしたちの世代は、派遣の口も少なくなってるじゃない。正社員なんてまずムリだし、最近は年齢的に派遣会社に登録すらできないらしいよ。わたしたち、この先どうなるんだろうね。でも今わたしにできるのは、働けるぎりぎりいっぱいまでちゃんと働くことだから」
あーーー
もうね、
いろんな意味で泣ける。
やがて静かに時は過ぎていき、契約満了を迎えた「ハケンさん」が一人またひとりと去っていきました。そしてその裏で、派遣が職場に残れるよう上層部にかけあってくれた社員が何人もいたことや、社員自身もリストラ対象となって異動や降格、人によっては退職の憂き目に遭っていたことも知りました。
ああ会社って。会社で働くって、なんてすさまじい嵐の中にいることなんだろう。幼い頃には「何も変わらない退屈な場所」にしか思えなかった会社が、こんなにも冷たく、こんなにも熱く、生々しい感情の渦巻く場所だったとは。そんなところで粛々と働き続ける全ての会社員に、畏怖の念すら感じてしまうのです。
嵐が吹き荒れる直前にたまたま派遣から別契約に切り替わっていたわたしは、今回のリストラ対象にはなりませんでした。けれど、わたしの契約にも終わりがあります。同じ仕事をしていた派遣仲間がみんな切られたのですから、自分だけ無事とはとても思えません。エリコ様の最終出社も、もうすぐです。
いよいよ珍獣パラダイスの面々とお別れしなければならない日が、やって来そうです。悲しい。でも、これもまた人生の流れ。しっかりと生きていかねばと思う、じじょうくみこでありました。
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
きゃらめる
アベノミクスはどうなったんでしょうね。
本当に世知辛い(T_T)
ここ数年夏冬している仕事。
短期派遣の現場はなくなりました。
今行ってるほうは業務委託です。
登録すらさせてくれないというのは、日々痛感してるリアルなおはなしですよ。
アラフォーはまだまし、
アラフィフの私はお仕事の世界では、
氷河期どころか絶滅危惧種です(笑)
じじょうくみこ Post author
>>きゃらめるさま
こんにちわ!! 早速コメントありがとうございます〜(^_^)v
やはり、いずこもそうですか…。業務委託、最近よく聞くワードです。
実は契約が変わる際に、念のため労務相談に行ってみたのですが
最近は派遣から、より条件の不利な業務委託に切り替える会社が後を絶たないそうで
問題になっているという話を聞きました。
派遣登録、やっぱりできないんですか…。
わたしはずいぶん昔に数社に登録したままになっているんですが
アラフィフのわたしもたぶんダメだろうなあ〜〜。。。
あーーーなんか考えてたら気が滅入ってきた(^^;)
大福でも食べよう。
いまねえ
我が会社は定期的に業績悪化の波がやってきます。
その都度、派遣社員さんの姿が減っていくのですが
一方で派遣社員さんをパート社員として直接雇用、
という道を辿るパターンがこの最近多くなりました。
もちろん本人の同意が必須なのですが、特に開発部門の我が部署の場合
設計者とのコミュニケーションが確立して業務が円滑に進んでいる状態の
人財を手放したくない、という事から最初の一例は始まったのだと思うんです。
しかしながら最近では、なんとなく会社側の、派遣社員の時間単価をパート社員の
より低い単価に切り替えるためにこの路線を推進しているんではないの?と
思いたくなるケースが特に生産工程現場で見受けられます。
パート社員は半年更新の契約、
業績悪化が進めば派遣社員の次はパート社員の人員整理、
・・・今のところこの前例はありませんがそれでも
今年から親会社が変わった我が社、
つまり身売りされたって事なんですが、社風どころか
経営の考え方根本が異なる会社の下になりましたので
先行きがどうなるかは実を言うと派遣社員もパート社員も
それほど変わりないのでは・・?と思っています。
(同時に正社員にも何も手を付けないわけではないですね
一定の年齢の社員を管理職にしてしまう、つまり
残業代や手当のカットにつながりますから)
派遣社員だろうがパート社員だろうが
異動のない立場の社員たちの力で
会社の業務運営の下支えしているのはどこも同じですから
気心知れた仲間を失いたくない、これは
同じ下支えの準社員である私の気持ちです。。
じじょうくみこ Post author
>>いまねえさま
こんにちわ!コメントありがとうございます〜(*^_^*)
リアルなレポートありがとうございます。会社の事情が胸に迫ってきました。。。
派遣社員をパート社員に切り替える手法、
わたしの通っている会社ではパートではありませんが
似たような臭いがぷんぷんしております。
別の契約形態にすることで、時給を下げて、同じ仕事をさせる…。
薄ら寒いものを感じることしばしばです。
でも「気心知れた仲間を失いたくない」というのはすごーくよくわかる!
切実ですよね、現場にいる人にとっては、本当に。
ああ、会社って。会社って。。。。
ダメだ、大福もういっこ食べよう (なんのやけ食い!?)
takeume
会社に反抗すれば、現場で一緒に働いた良い社員さんに負担がいく・・
そう思うと、辞め辛くもなりますよね。
その裏でほくそえんでる「会社」
今日の新聞に「自民党への企業献金が増加」って書いてたのですが、
あぁ、この人達(献金する人、される人)だけが「人間」であとは「駒」なのね。。。
って感じです。
てなわけで、選挙に行って駒から人間へ格上げしましょう!
と、一人で草の根「選挙に行こう」キャンペーン中の私です。
KO
無謀にもアラフィフで長年勤めた会社を辞めての就職活動。
派遣会社複数に連絡して返事が来て登録できたのが一社のみ。
何故か一年半経ってから登録しませんか?と来たところもありましたが他は返事すらなしでした。
登録できたところも回ってくる仕事候補は最低賃金割れ?のものが混じっていて戸惑っているうちに、他の短期の仕事が決まり、派遣としては働かずに終わりましたが。
今は知人の会社で正社員(限りなく契約社員に近い)で働いてるのが奇跡のようです。
アラフィフ以上の女性の働く場所ってどこにあるんだ?と思いました。
nao
行政の非常勤職で働いています。
専門職ですが、私の職種はほぼどこでも非常勤なのです。
民間企業ほどではないですが、今やお役所も委託や非常勤で仕事が回っているのに
それでも、切られるときはばっさり切られます。
違うのは常勤がすごく守られているってことかなーー
常勤・非常勤に関係なく、仕事量に対する報償があればいいのに…
じじょうくみこ Post author
>>takeumeさま
こんにちわー!コメントうれしいです(*^_^*)
そうなんですよね、仕事に熱心でありたいとは思うのですが
派遣で働いていると、そういう「熱意」を利用されているような気になりました。
低賃金で熱心に働く人の善意をあてこんで現場を回そうという、
組織の「悪意」を感じるというか。
ひとりひとりの社員はいい人なんですけどね。
組織になるとなんであんなにドス黒くなるんだろ!?
選挙行きますよ、行きますとも!
じじょうくみこ Post author
>>KOさま
こんにちわ!コメントありがとうございます〜(^^)/
そうかあーやっぱり派遣は登録すら難しいんですね(^^;)
求人を見ていても「35歳以上は来ないでねー」という拒否感出してるところが多くて
見ているだけでゲンナリしてしまいます。。。
アラフィフ以上の働き方、すごく興味があります。
30代の頃は「40すぎたら働き口が減って大変なんだろうな」とは思っていましたが
具体的にどうなるのかよくわからなかったので
誰か教えてくれてたらなーと思いました。更年期もそうですね。
50代からの仕事、誰か教えてくれないかな。
じじょうくみこ Post author
>>naoさま
いつもコメントありがとうございます〜(^_-)
民間だろうが公務員だろうが、状況は同じようですね。。。
naoさんのお話、つくづく身につまされます(T_T)
組織で働いていると、「正社員」と「そうじゃない人」の扱いの格差を痛感します。
naoさんのおっしゃる通り、正社員はいろんな意味で優遇され、
ものすごく守られているな、と感じますね。
もちろん、正社員は正社員なりの大変さがありますが
「そうでない人」の「守られなさ」が尋常じゃないレベルなので
「なんで正社員ばかり…?」という気持ちにかられますね。
naoさんのおっしゃる通り、労働に見合った報酬さえあれば
守られなくてもまだ納得できるのに、と思います。
なにしろ、世の中にこんなに働かない正社員がいるとは知りませんでした(笑)
よく「最近の若者は安定志向が強く、正社員で定年まで働きたがる」
ということを批判的な口調で語るメディアがありますが
何を言ってんだバカタレが、と思います。
現状を見れば、そうなりますよ。こんなに扱いが違うんだもんさあ〜。