猫さがしだいさくせん
2週続けて猫の話で恐縮です…。
半月くらい前の話だ。
日が暮れると、どこからかみゃあみゃあと猫が鳴く声が聞こえるようになった。
声は、近いようで、どこから聞こえてくるのかはっきりと特定できない。
隣のマンションの植え込みからのような気もするし、庭の先にある、前の家との境あたりのような気もする。それとも、路地に出た向かい側、隣家の生け垣のあるあたり…。
ここのところ、うちにごはんを食べにきている猫がいて、その猫(暫定シロちゃん)が数日来ない。どこかで引っかかって、身動きが取れなくなって、助けを求めているのではないだろうか…。
そう思ったら気になって、かすかな声が聞こえるたびに、窓をあけて耳をすます日々が続いた。
夜、何度か外に出てみたが、するとたちまち鳴き声はやんでしまう。
私が出てきたことを感づいて、息をひそめるくらいには、近くにいるということだ。
いちにち、またいちにちと経って、とりわけ鳴き声の大きい日があった。その声の様子からして、どうも、どこかで子猫が生まれたのではないか、とオットと話した。
心配していた件のシロちゃんは、その日の夕方姿をあらわして、なぜかごはんは食べずにすぐどこかに行ってしまった。ほっとした反面、もしかして、シロちゃんが子猫を産んだのでは…という可能性にいきあたる。お腹が大きいようにも見えなかったが。
その夜は、オットが寝たあとに、ひと仕事あって遅くまで起きていた。
10時くらいから、鳴き声がいよいよ大きく、断続的に聞こえるようになり、気になって仕事が手につかない。何度か懐中電灯片手に外に出て、あちこち見て回るが、収穫なし(仕事をしろよ)。
そして、夜中の12時を回るころ、じけんは起こった。
ちょうど窓から庭の様子を見ていた。(だから仕事をしろよ)
すると、にわかにガサガサと音がして、うろんな人影が、うちの庭に侵入してくるではないか。
最初は、隣のおじさんと思った。鳴き声が気になって、見に来たのかな。
が、違う。もっと若い、小太りの男だ。懐中電灯を片手に、上下のパジャマを着ている。
まともな人間なら、ここで「どろぼう!」と叫ぶところだ。
しかし、パジャマを着て、懐中電灯びかびかさせた小太りのどろぼうっているだろうか…。
と、そこまで思ったか知らないが、そのとき私が警察をよぶかわりに何をしたかというと、ガラッと窓を開けて、「猫ですか?」と聞いた。
するとパジャマの人はぽかんとして私を見つめ、「お、わ、ね、」と謎の言葉を発すると、それから、「すみません、じつは猫が逃げちゃって」と言った。
やはり、この鳴き声をききつけて、もしや逃げたうちの猫ではと探しにきたらしかった。
逃げたのはつい数時間前。
白黒でおなかが白い。年は6さい。
数時間前か…。
「あーじゃあ、ちがうかも。鳴き声は何日か前からずっとなんです。」
と言うと、
「ああー、そうですか、や、子猫の鳴き声っぽいって聞いたんで、違うかもと思ったんですけどやっぱりちがうか」と落胆した。
でも、念のため見ていいですか?
もちろんどうぞ。
その人がお礼を言って去り、庭に静けさが戻ると、ほどなくまた鳴き声が聞こえるようになった。
引き続き窓から様子を見ていると(だから仕事を…)、隣のマンションの敷地や、表の通りから、懐中電灯の明かりがちらちらともれてくる。明かりの数はひとつではない。
きっと家族総出で、まだ探し続けているんだ…。
10年前、ちょうど同じ梅雨の時期、ティーちゃんがいなくなったと思って、毎晩探し歩いた。そのときの絶望的な気持ちを思い出す。
おびえて隠れているにちがいない一匹の猫を、近所中の無数の隙間や植え込みの中から見つけ出す、その途方のなさ、無力感。
さっきのパジャマのひとに、連絡先とかちゃんと聞いておけばよかった…。
そう思ったら、また気になって気になって、とうとう自分も懐中電灯を手に外に出てしまった(仕事…もう何も言うまい…)
家のある路地から車のとおる道に出ると、ちょうどうちの前にあたる家のわきに、女の人が座り込んでいるのが見えた。右手に、チュールを持って、家と家の隙間の奥を凝視している。
きっとさっきのパジャマの人の妻だ。
近づいて「どうですか」と聞くと、その人は、特におどろいた様子もなく、すがるような目で私を見て、
「この奥から鳴き声がするんですよね。」と言った。
今考えてみると、真夜中に見も知らない人にやおら「どうですか」と話しかけるというのは、少々常軌を逸した行為であると言わざるをえない。
しかし真夜中に赤の他人の家の前に座り込んでいるということも、同じくらい変なので、おたがいさまと思ってもらいたい。つまりは非常事態ということである。
そこで、「わたし奥の家のものなんですけど、さっきたぶんだんなさんと思いますけど、探しににいらして、ちょっと話したんですけど、」
と、この鳴き声は、探してる猫じゃないかも…、ということを話した。
その人は、
「やっぱりそうかー、子猫かなって私も思ったんですけど。」
と言って、
「もう、ふたりともパジャマで出てきちゃって」と笑った。
言われてよく見ると、彼女もパジャマ、というか、そこまでわかりやすくないけど部屋着だ。
わかる、わかるよ!!ふたりで、ふふふと笑う。
うっかり網戸が少し開いていて、そこから出てしまった。慌ててつかまえようとしたが、こちらの方向に逃げていってしまって、姿を消したのだという。外に出るのははじめて。性別は雌。知らない人にはちょっと臆病、でも気は強くない。
猫の特徴をいろいろ聞いて、
「うちはわりと猫の通り道になっているから、見かけたら連絡します。連絡先とか交換しませんか?」と言ってみた。
すると彼女は、「はッ携帯を家に置いてきてしまった!取ってきます!」
と言うが早いが、止める間もなく走っていってしまった。
ああー!電話番号を口で言ってもらったらだいじょうぶだったのに…!そして家はそんなに近いのですか…?!
走っていく後ろ姿をみて、10年前、きっと私もこんなふうに必死だったな、と思う。いろんな人に声をかけてもらって、ありがたさと不安とで、ぺちゃんこになりそうだった。まあ、ティーちゃんの場合は、家の中にいたわけだけど。
そのときの気持ちがよみがえって、泣きたいような気持ちになる。
しかし、ふと我に返ると、彼女が走っていってしまって、まよなかに、人んちの前にひとり取り残される私。不審者は私である。
やがて走って戻ってきた彼女と(ほんとうに近所だった)、ラインを交換しあい、猫の写真も送ってもらうなど、やりとりをかわす。
すると突然、先ほどまで彼女が見張っていた家の奥で、ざわざわと何か動くような気配がある。
事態が動くか…
ふたりで息をのんで暗闇を見つめる。
…はたして、現れたのは、例のパジャマの夫であった。
完全なる不法侵入、不審者すぎる行為である。
「ええー、あんな奥まで入っちゃって…」
と彼女がつぶやいたので、私も、「めちゃくちゃ入り込んでますね…」と言って、二人で「大胆すぎないか」と笑った。
それでも、誰かあやしんで出てくる気配はなかったので、意外と気が付かないもんなのか。
そういや考えてみたら、さっきうちの庭に入るためにだって、うちの門をあけて、10mくらい敷地内を歩いてこないといけなかったはずなので(うちはいわゆる旗地というやつ)、ずいぶんハードルの高い侵入だった。よう入ってきたよなあ。
あとでこのことを話すと、オットをふくめ皆一様に
「えー!無断で入ったらそれだめじゃん」と言う。
そりゃあダメに決まってるけど、しょうがないじゃん。猫がいなくなったんだから。真夜中に、ピンポンならすわけにもいかないし。
と思うのだが、今のところ誰からも共感を得られない。
猫のゆく道に国境なし。
私は、パジャマの夫がうらやましい。
私も、猫がいなくなったとき、ちゅうちょなく他人の敷地に入れる人間でありたい。
そして、翌朝彼らがラインで知らせてきたことには、猫は3時に、自力で帰宅したそうである。
えらいぞ!猫!
後日、義母と電話をしたとき、この話をした。
すると義母はひととおり話を聞いたのち、オットに「で、あなたはこんなことが起きてるのも知らずに寝てたってわけ?」と冷やかに言い、続けて「You, brave girl. 真夜中に外に出るのはおやめなさい。そして、侵入者に話しかけないこと!」と私を一喝したのだった。
き、気を付けます…。
しかし、件の猫のなきごえは、その日を境にぱったりとやんでしまった。
危険を感じた母猫が、どこかへ移動させたのかもしれない。シロちゃんもそれ以来姿を見せないようになった。やはり彼女が母猫だったのだろうか…
無事でいてくれているといいのだが、気の毒なことをしてしまった。もう安全なので、戻ってきな、と伝えたい。
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【展示のお知らせ】
7月15日(月)〜7月31日(水)
11:00〜17:00(会期中無休)
青梅市小曽木の古民家ギャラリー「わあす」
(青梅市小曽木1-3396 TEL 0428-74-4573)
毎年ギャラリーで夏におこなっている「ガラス展」の一画をお借りして、祖父の人形約45点を展示しています。
都内では貴重な、茅葺き屋根の古民家を改装したギャラリーです。
オーナーは、私も小さい頃から家族ぐるみで仲良くさせてもらっている方で、祖父とも懇意だったので、いろいろ楽しいお話も聞けると思います。
地元多摩地域ではじめての展示となり、建物の雰囲気とあいまって、素敵な展示になりました。
電車とバスを乗り継いで、ちょっと行きにくいところにありますが、近くに温泉や、おいしい洋食屋さんやパン屋さんのある、素敵なところです。
小旅行気分で、ぜひお出かけください。
ギャラリー「わあす」ホームページ →※
By はらぷ
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。はらぷさんのブログはこちら。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
Jane
これはすごいお話!短編小説のようでした。
はらぷ Post author
Janeさん
いつも嬉しいコメントありがとうございます!
今思い返してみると、なんだか白昼夢のような気がします(真夜中だけど)
人って、とっさに思いがけないことをするものですね。
シロちゃんですが、最近ふたたび姿を見せるようになりました。
ということは、シロちゃんの子じゃなかったのか…。
真相は藪の中です。
あいかわらず警戒心が強くて、そばには近づけないですが、ガラス越しにあいさつだけはしにきます。