今日のわたしは新しいわたし
まわりが甘くて中はしょっぱい、あたまでっかちのおばけちゃん、なーんだ?
…
…
…
アメリカンドッグです。
…
昨日、用事があって、知り合いのギャラリーにでかけた。
数人で集まって作業をして、終わったら飲みにいこう!という約束だった。
その前の用事が長引いて、約束の時間に15分ほど遅れます、そう連絡をして、急いで向かった。
そして、「こんにちは、遅くなってごめんなさい!」と言いながら、ギャラリーのドアを開け、店主と目があった瞬間、またやってしまったことに気が付いた。
…
…
「あ、れ? 遅れるって言ってなかったっけ?」
…
…
…
…
……今日も今日とて、待ち合わせ時間を間違えている。
日付、時間を、間違える。これは、私の人生にいまわしくも付いて回る、消しても消えないシミである。
約束の場所に行く、誰もいない。
約束の場所に行く、とまどう相手の表情に、やらかした現実を思い知らされる。
約束の場所に行かない、電話が来る。
私は常に、これらの瞬間におびえながら日々を生きており、逃げおおせたことがない。
今回は、18時半の約束だったにもかかわらず、15時半だと思っていた。
どこをどうしてそうなった。
せめて、16時と6時とか、そういう間違いであってほしかったが、人生はおうおうにして不条理なものである。理性が通用しない世界だ。
約束をかわしたやりとりを見直してみたが、一貫して18時半に始めれば、1時間半もあれば作業は終わって、8時過ぎにはビール!という話しかしていなかった。そこに1ミリも、「15時半」が入る隙間はない。
…
…
つつみかくさず言うと、ついこのあいだの台風の翌日も、出勤と思い込んで、なかなか頑張って職場にたどりついたのだが、あろうことか休みの日だった。正確にいえば、夏休みを入れていたのを、忘れて出勤してしまったのだ。
職場について、ドアを開けた瞬間の、同僚たちの目が忘れられない。
きょとんとした顔、いたたまれない顔、何て言おうかと思案する顔…爆笑にいたるまでの数秒間の沈黙…。
結局、電車がなかなか復旧せずお休みとなった同僚のかわりに働くことになったので、無駄にはならなかったし、結果として役にも立ったのだが、それからというもの、いくにんかの同僚が、休み前に、「あんたね、明日はやすみだよ!」と教えてくれるようになった。
人のやさしさ、ユーモアというのは、このようなときに発揮されるのだと思う。私はだいたい、同僚にはめぐまれている。
ちなみに、書類を作っても、必ず日付や曜日を間違えている。どんなに気を付けて見直したつもりでも、ぜったいに間違えているのがほんとうにすごい。これはもう、魔法か呪いの類だと思う。前世で、ささいなミスを犯したものをひどいめに合わせたとか。悪いことしたなあ。
…
…
で、話はアメリカンドックである。
ギャラリーのSさんは、「どんだけ間違い…」と笑いながら、このあんぽんたんを快く招き入れてくれ、私たちは週末からはじまるという展示の、納品された品々の整理をした。
お店ではちいさくラジオが流れていて、あらかた机の上が片付き、これから私たちが使う作業スペースができたというころ、Sさんが突然、「アメリカンドッグ!Oちゃん(私のこと)はアメリカンドッグは好きですか?」とたずねてきた。
アメリカンドッグを好きかどうか聞かれたのは生まれてはじめてだった。
いささか唐突にすぎるが、いい機会なので考えてみると、あのほんのり甘いホットケーキミックスの衣も、中の魚肉ソーセージも、棒についているつけねの部分をカリカリ歯でこそげとって食べるところも、私はアメリカンドッグはずいぶん好きだ。
「好きです。」
と答えると、Sさんは嬉しそうに
「私はアメリカンドッグ先輩が大好きなんです。いつもコンビニに行くと買ってしまいます。」
と言った。
コンビニに、アメリカンドッグが売っているのか。そういえば、レジのよこの保温ケースにあるのを見たことがあるような気がする。
「コンビニでアメリカンドッグって買ったことないなあ」
というと、
Sさんは、心底驚いたという顔で、
「じゃあ、いつもどこでアメリカンドッグを買っているんですか?」
と聞いてきた。
「ま、祭りの屋台…とか?」
「祭りか…それだと、機会が少ないですよね…。」
Sさんは真剣であった。Sさんにとって、アメリカンドッグを好ましいと思う人間が、コンビニに気軽にいける環境にあって、にもかかわらずコンビニでアメリカンドッグを買わないということは、不条理なことなのだ。
…
…
今アメリカンドッグのことを考えると、あの粉をふいたような表面や、口に入れた瞬間の、カフーという食感とあまい香り、魚肉ソーセージのふにゃふにゃ感としょっぱさが、いかにも慕わしく感じられる。しかし実際のところ、最後にアメリカンドッグを食べたのはいつだったろうか。
…
…
記憶の糸をたどっていくと、私のアメリカンドッグの思い出は、町の町営プールの帰り道にさかのぼる。
「水上公園」という名前の町営プールを出た道沿いには、プール客をあてこんだ、海の家みたいな簡易店舗が数軒、ひさしを出して並んでいた。ビーチサンダルや、浮き輪やゴーグルを売っているその横に、軽食スタンドがあって、かき氷、ラーメン、ホットドッグなどを売っていた。
添加物や買い食いにわりときびしかった我が家では、プール後のラーメンなどというのは夢のまた夢だったが、ホットドッグは時々買ってもらえて、プールで冷えた体には、そのあたたかさ、ほの甘さが最高のごちそうだった。ちょっと大きくなって友だち同士で行くようになってからも、アメリカンドッグくらいなら、子どもの少ない小遣いで買えた。密かな買い食いの背徳だった。
…
…
ラジオでは、あれをアメリカンドッグというのは日本だけで、アメリカでは「コーンドッグ」と呼ばれているんだということ、日本におけるアメリカンドッグのシェアは、ほぼ一つの会社で占められているということ、その工場では、ひとつひとつ従業員が手作業でアメリカンドッグの衣を着け、手揚げして作っているのだということが語られていた。
Sさんはラジオから流れる「アメリカンドッグ」の言葉に、反応したのだ。
そうだったのか。
私が子どものときに食べていたアメリカンドッグも、同じ会社がつくったものだったのかなあ。記憶にあるかぎり、今も昔も、アメリカンドッグは同じ形、同じ味で、中のソーセージが粗挽きバイエルンソーセージだった、などというものに当たったことがない。
…
…
片付けが一段落すると、Sさんが
「Oちゃん、コンビニに行って、飲み物とアメリカンドッグを買いませんか」と言った。
そこで、ふたりで近くのセブン・イレブンまで歩いていって、麦茶と、アメリカンドッグを2本買ってきて食べた。
カフーという食感とあまい香り、魚肉ソーセージのふにゃふにゃ感としょっぱさ。ものすごくおいしい。そして、やはり同じ味だった。
…
…
…
このとき、私のじんせいにおけるアメリカンドッグの存在が、確かに音をたてて変わったと思う。
今まで、祭りやプールといった非日常の中にあって、思いがけずもたらされる僥倖のような存在だったアメリカンドッグが、ひとたび望めば、今この瞬間にだって歩いて、自ら求めに行くことができる、日常のアメリカンドッグへ、コペルニクス的大転換を遂げたのである。
…
私はもはや、昨日までのわたしではない。
あのとき、時間を間違えなかったら、あのとき、ラジオが流れていなかったら、今日の自分はいないのだ。
この世界には、そのつどつどの選択により枝分かれした、無数の自分が同時並行的に存在しているという説を聞いたことがある。
人生の歯車とでもいうべき、人知の及ばぬ世界の仕組みがあるということに、思いをはせずにはいられない。
…
…
その日約束の18時半が来て、やってきたYさんにアメリカンドッグの話をしたら、
「アメリカンドッグ、大好き。サービスエリアに寄ったら必ず食べるもん」
と当然のように言っていた。
…
私は、この44年間、何か大きな損をしてきたのではないだろうか。
何が言いたいかというと、今日も仕事の帰りに、私はコンビニでアメリカンドッグを買ったし、これからも人生は続くということである。
…
…
By はらぷ
…
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。はらぷさんのブログはこちら。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
Jane
カフー。確かにそういう食感です、子供の頃に食べたアメリカンドッグ。
アメリカでレンジで解凍する冷凍コーンドッグ(ソーセージはターキー肉)…
この記事を読んでオーブンで焼いてみる気が起こりました。
時間を間違えて行ってそんなに人生に違いをもたらすことが起きるってなかなかないですよ。はらぷさんの日常には何気ないけど滅多にないことが起こることが多い気がしますが?
ドングリ
すごいです。
私もアメリカンドッグは祭り関連でしか出会えない、後ろめたい食べ物でした。最後にいつ食べたかも定かではありません。
でも絶対、たこ焼きより好き。
コンビニで買えるなんて、独占禁止法に引っかからずに専売されてある(?)なんてすごすぎます。
もう、これから買ってきますもんね。
ミカス
アメリカンドック、数年に1回はコンビニで買ってしまいます。
私は、アメリカンドックのいちばん下の部分の串にカリカリになってこびりついてる生地が好きです。
はらぷ Post author
Janeさん、こんばんは。
おお、Janeさんはコーンドッグ体験者でいらっしゃるのですね!私はコーンブレッドがけっこう好きなので、とても気になります。アメリカは魚肉でなくターキーかあ。
間違えてばかりの人生ですが、あの時、予定どおり行ってたら、命がなかった…というようなヘビー級運命の岐路に遭遇したことはありません。
でもきっと、みんなのそれぞれの選択に、アメリカンドッグ級のあれやこれやは起きている!のではないかと思います。役に立つかはわかりませんが(笑)
はらぷ Post author
ドングリさん、こんばんは。
ですよね!アメリカン・ドッグ背徳派。
アメリカンドッグを作る会社は富山にあって、国内シェア8割だそうです!
…そうなると、のこりの2割をがぜん食べてみたくなります。
中身シャウエッセンだったりするんかな…。
ドングリさんも、コンビニでひとたび購入してしまえば、もうドッグ日常派への転向必至です。
はらぷ Post author
おお!ミカスさんいらっしゃいませ。
あのつけねのカリカリ、おいしいんだかわからないけどおいしいですよね。
最後にいつ食べたっけ…?というあいまい記憶にもかかわらず、その食感はリアルに思い出すことができました。
数年に一度の、コンビニ購入。ミカスさんは、中道路線ドッグ周期派といえますね。
爽子
アメリカンドッグ、わたしも好き^_^〜〜。
子供達の誕生会とか、持ち寄りのパーティには、自作していました。
ポールウインナーを半分に切って、濃いめのホットケーキミックス衣をつけて揚げたものなので、ちょっと塩分不足かな?
結構人気でした。
そしてそして、約束の日時を間違えてしまう才能!
わたしも、数年前から毎日新しいわたし、、、というか、三日前の自分は他人です。
すみません。謝罪しておきます。
AЯKO
えええ、あれ中は魚肉ソーセージなの?私は31歳まで食べてたけど、改宗してから禁忌と思いこんで、遠ざかっていました。子供達にも給食のは豚だから食べさせてなかったんだ。魚肉ソーセージもつなぎが豚脂のものもあるんだけど、今度コンビニでちゃんと表示見てみるー。もし食べられたら、それこそ12年損してたかも(笑)。
日付と時間を間違える能力!?ちょっと凄いね。社長秘書とかマネージャーにならなくて、良かったよ。
はらぷ Post author
爽子さん、こんばんは。
なんと、アメリカンドッグ手作り派!これぞ究極の日常派?
と思って、ネットで検索してみると、アメリカンドッグのレシピがたくさん出てきました!
揚げたてはおいしそうだなー。
3日前の私は他人、名言ですね…。
刹那を生きる我々なのです。
毎日生まれ変わるお肌!とかだったらいいのになあ。
はらぷ Post author
AЯKOさん、こんばんは。
ええええ、ちょっと不安になってきました。給食のは豚なの?!
あのもにゅもにゅ食感は魚肉!と信じてたけど、違ったらどうしよう。調べてくれ(笑)
ぬか喜びさせたら申し訳ない。。。
社長秘書やマネージャー…混乱の極み、悲劇ですね。
会社はつぶれるし、アイドルは廃業でしょう。人の人生を破滅においやるところでした。
そして、お金を扱う仕事につかなくて本当によかったと思っています。