【月刊★切実本屋】VOL.64 必須3大要素保持者の書くものは常に半生記かつ探検記
語学(外国語)とは縁遠い人生を送ってきてしまった。これから縁を結ぶ予定も、今のところ特にない。
とはいえ、自分はあながち語学自体に興味がないわけではないのかもしれない・・と現在は思っている。つい最近『語学の天才まで1億光年』(高野秀行/著)をとても面白く読んだからだ。
十五年来ぐらいの著者のファンだ。東日本大震災のわりと直後に、勤務していた図書館の姉妹館(?)で高野さんのトークイベントが開催されたのだが、姑息な手段も辞さない覚悟で観覧を希望した。ま、正規ルートでふつうに参加できたのだが、当日は同僚(はらぷさん)と友人3人(まゆぽさん含む)と勇んで参戦した。世の中がとても不穏で不安な時期だったが、イベントは楽しく、高野さんの「政府が頼りない国の国民はしっかりしている」「今の自分は『急性いい人症候群』に罹っている」というコメントにとても共感したのを今も覚えている。
当時は、高野さんがいち早くその魅力に気づいたともいえる大野更紗さんが話題になっていた時期で、ポプラ社から彼女の本が出たばかりか、もうすぐ出るかの頃だった。イベント後の「突発的サイン&歓談会」(並ばなかったが、当時少しだけ面識のあった本の雑誌社の「炎の営業」杉江さんがなぜか照れくさそうに場を仕切っていたのが可笑しかった)では、ポプラ社の女性が営業色を前面に打ち出して高野さんに挨拶をしていた。まあ、それが仕事だよねと理解しつつも、場違い感があったことは否めなかった。
その後、高野さんが『謎の独立国家ソマリランド』を上梓したときも、渋谷の書店で開催された宮田珠己さんとのトークショーに、これまたはらぷさんと馳せ参じた。本は買ったが、ここでもサインの列には並ばなかった。誰であれ、サインが欲しい願望がわたしには皆無なのだった。
ちなみに、わたしの高野本ベスト3は、今回の本を別にすれば、『異国トーキョー漂流記』『腰痛探検家』『謎の独立国家ソマリランド』だ。
今回の本に話を戻す。
高野さんは若い頃から、インド、アフリカ、中南米、東南アジアなど、辺境地域ばかりに滞在してきた。語学の習得法は、「まずネイティブに教えを乞う」という事前学習が基本で、あとは現地で物真似などを駆使し「いかに現地の人っぽく話すか」とか、「どうウケるか」あたりに独自の目標を設定し、上達したり、今ひとつしなかったりする。その過程は、挫折を含めどれもすこぶる面白い。
なんだかんだ言って、高野さんは語学のセンスが抜群にあると思う。さらっと、「話したいことがあれば話せる」とか、「コンゴの作家が書いたフランス語の小説が面白いので誰に頼まれたわけでもないのに勝手に訳した」などというエピソードが書かれているが、そうそうできることではない。彼が間違いなく持っているであろう ①センス ②火事場の馬鹿力的集中力 ③固定観念にとらわれない自由な発想 は、語学習得に限らず、あらゆる習得の必須3大要素なのではないか。
そして、高野さんが書く本はいつも多面体だ。といっても、きっちり均等な面の集合体ではなく、野菜の乱切りのようで、なんなら隠し包丁も入っていそう。野菜のランダムな切り口が、火の通りや味の滲み込みに効果的なように、今回の本も、他の語学関係書に類をみない、予測不能な滲み入り方をする…って、他の語学の本なんて読んだことがないくせに勢いで書いてしまった。申し訳ない。
さらに書くと、高野さんの本は、比喩や小見出しタイトルやコピーが秀逸だ。今回もその技は随所で功を奏し、言語学的、地理学的、文化人類学的…要するに「学的」方面でも、いや、「学的」方面だからこそ、するりと通俗的な事例に譬えられることで、難解さが回避されている。「あ、ここ、ちょっと読者に伝わりづらいかも」と察知するや否や、高野さんの脳内の<この構造って何に似てる?>という検索機能が勝手に作動するのかもしれない。
ハッとする箇所も多々あった。たとえば、コミュニケーションと親しくなるための言語は違うとか、言語は「上手く話せる人が優位に立てる」ことが多く、言語が下手な外国人を子ども扱いしがちだ、とか、言語にはそれぞれ話すときの独自の「ノリ」があるとか。言語(語学)業界のヒエラルキーもやたら腑に落ちた。
この本は、言語や語学という種々雑多な樹木で形成された密林の探検記だ。語学に縁遠く、興味もさほどないというそれまでの自分のポジションをうっかり忘れるくらい、幾度も膝を打ちそうになった。
この本にみっちり詰まったエピソードは、今までの高野さんの本でも言及されていたことがわりとある。そういう意味で<紆余曲折・試行錯誤感 満載の高野秀行 半生記かつ探検記 前半総括編>かもしれない。語学であろうが、辺境メシ、ヤバい草、腰痛、コロナ罹患ルポだろうが、もしかしたらいつか出るかもしれないフィクションであったとしても、高野さんの本はすべて半生記で探検記説。期待をこめて。
by月亭つまみ
凛
つまみさんこんにちは~
私も高野さん大好きです。つまみさんの記事読みながら膝打ちまくり!
異国トーキョー漂流記読み返したくなりました。あのやる気のないフランス女性とのレッスン話、これぞ効果的な学習法だとどっかの語学の先生が本で紹介してました。その方も高野さんのファンだそうです(^^♪
あのがむしゃらにぶつかっていく情熱とガッツもすごいんですけど、この人人生楽しんでるな~とストレートに伝わってきますよね。
今、高野さんの「移民の宴」読んでます。在日外国人が日本でどんなご飯食べてるのかレサーチしてしっかり自分もその中に入って行っていっしょにご飯楽しむといううらやましすぎる企画。私もこんなふうになりたいなと強烈に思います。
つまみさんの記事読んで「語学の天才まで1億光年」買おうと思いました。
つまみ Post author
凛さん、こんばんは。
早々に、こんなに素敵なコメントをいただいて、うれしいです。
そうそう!異国トーキョー漂流記にも出てきた、やる気のないフランス女性は、今回ももちろん登場します。
暗黒舞踏ダンサー、シルヴィ先生。
こっちでもやる気がありません(あたりまえ)。
独創的で、理にかなった、語学の先生もとりこにする習得法、すごいですね。
性格的なこともあるのかもしれませんが、受け身ではなく、自分からガンガン行くところが、高野さんの魅力ですよね。
とは言いつつ、人生にやる気満々ではない感じなのも、ギャップ萌え?(^^;
「移民の宴」はまだ読んでいません。
読みます読みます。